豪華客船殺人事件
ブオー!(汽笛)
(ナレーション。若い男性のエネルギッシュさと落ち着きのなさ)
さあ皆さん!今夜も、わくわくナイトドラマにようこそ!ご案内いたしますは、毎度お馴染み、ミッドナイト・朝焼けです!今夜もドキドキの一夜を・・・。
(不安を煽るBGM。だがどこかに滑稽さを)
今夜の舞台は豪華客船。そして登場人物はある新婚の夫婦。幸せいっぱいで新婚旅行に出立する2人が出会う、恐ろしい物語とは・・・。
(重々しい雰囲気だが、口調の滑稽さで台無しに。頑張れ)
「ねえ、この船、沈没しないかしら」
(若く美しい貴婦人。ただ頭のネジは10本ほど足りない。その代わりにダイヤモンドがはめこまれている)
「ははは。映画の見すぎだよ。現代で船が沈没するのは、自動車がスクラップになるより有り得ないさ」
(若くたくましく頼りがいのある男性。だがブ男。ひと目で人間とは見てもらえない。周りに悪気がなくても)
「そう?不安だわ。だって私達あまりにも幸せすぎるのだもの。もしも神様が人生に帳尻合わせをするのなら、きっとこの船を沈めてしまうわ。だって私達」
(妻、不安そう)
「ああ。ああ。分かっている。僕らは幸せな新婚夫婦だものね。でも大丈夫。僕がきっと君を守るよ。神様だって怖くないさ!」
(夫の勇気ある一言。周りの乗客の笑い声に包まれる)
船に乗り込む2人。新婦が荷物を持っています。新郎は・・・おや。あれは・・・。
「ねえあなた。やっぱりベッドを持ってきて良かったわね。私、寝屋が変わると眠れないの」
(妻は夫に優しく声をかける。夫の言葉にすっかり安心している)
「はは・・は。そう・・だね」
(頼りがいのある夫、ベッドを船に積み込む。そして部屋まで自力で運ぶ。呼吸荒く)
これは、ははは、なんということでしょうか。ベッドを船室に運び込んでおります。これは、すさまじいカップルであります!
(ナレーター驚愕。驚きゆえ、声が重い。先ほどの作った重々しさより遥かに)
「ふうううう。これでゆっくり寝られるね」
(夫、深いため息)
「ええ!あなたってやっぱり素敵!私達のためにこんなに汗を」
(妻、素直な喜び、上品な感激を)
甲斐甲斐しく汗を拭くご婦人。愛あふれる光景であります。
(つまらなさそうに。ナレーターの私生活が上手くいってないことを匂わせて)
「まだ出発までには時間があるね。どうだい船を見て回るのは」
(大仕事を終えて安堵。人生の重荷を下ろしたように)
「ええ。喜んで。あなたと一緒ならどこにだってついて行きますわ」
(妻、素直)
「ははは。大げさだよ」
(夫、妻と上手くいっていて、ご機嫌)
船内は搭乗する客、観光する客でごった返しであります!その中に一際目立つ風体の男が。
(ここは素直に)
「やあ。とうとうこの船に乗ったね」
(軽い声。その頭の容量が推し量れるような)
「やあ。とうとう、さ。この新婚夫婦御用達船にね」
(夫、感慨深く)
「あなた。この方が」
(妻、疑問とまではいかないが、いぶかしげな声色)
「そう。僕の友人で、この豪華客船の船長だ。こっちが僕の愛妻さ」
(夫、2人を紹介する)
「まあ!いつも主人がお世話になってますわ。これからは、夫婦共々お世話になりますわね」
(妻、素直)
「ええ、奥さん。とにかく、今回はこの船の旅を存分にお楽しみください」
(意味ありげに)
さあさあ、夜も更けて参りました。ここからがこの豪華客船の真骨頂であります!カジノ!オーケストラ!大人の夜を彩る全てがここに!
(やけっぱち。自分の惨めな今を忘れ去るような声)
「君は、カジノは初めてかい?」
(わざとらしく。知っていて言うアレ)
「ええ。こんなに眩いのね!」
(妻、素直)
「ふふふ。きっと楽しい夜になる」
(意味ありげ。自分の策が決して見破れないと思ってる小物の声)
「まあ!ナインセブン!・・・コインが止まらないわ。故障かしら・・・?」
(妻、純粋な驚き。のち不審に)
「お、うお・・すすすごい!」
(夫、驚天動地。純粋に驚く一方、計画の変更を考える。ここで手を下すと、目立ちすぎると思い始める)
なんと素晴しい夜でしょう!愛する相手がすぐ側に居る長期休暇に、お金の心配も掻き消えました!これこそバラ色の人生!
(少し涙声。おれは一体何をやっているのか。人の祝福なんてしてる場合か・・・?)
「ねえあなた。少し、人に酔ったみたい。お部屋で休みたいわ」
(確かに声に疲れが)
「そうか。それは、もう、休まないとね」
(夫、決意する。ここで終わらせると)
夫人を部屋に。自ら運び込んだベッドに乗せます。そして・・・
(無表情な声。全てから関心の失せた声)
「ねえ。君。僕らが出会った日を覚えているかい」
(夫、深い優しさ)
「当たり前ですわ。あの日のこと、一度だって忘れたことなんて」
(妻もそれに答えるように優しく)
「そうかい・・・」
(優しさと殺意が入り混じる)
「僕はね。少しずつ思い始めたんだ。君と出会ったあの日から」
(夫、独白。妻は聞き入る)
「君と。君と・・・出会わなければ良かった・・・って」
(絞り出すような声)
「だからね。ベッドと一緒に持ってきたんだよ。君がリンゴの皮をむいてくれた、ナイフだよ」
(夫、全てを決意したように、硬い声)
「君との人生はここで終わりだ。僕は僕の人生を生きるよ。さよなら」
(冷たく震える声)
「あなたのおっしゃっている意味が分かりませんわ。でもあなたはとても凍えています。どうか、私の血で良ければ、さあ、暖まって下さい。私は、あなたの妻ですわ」
(妻、変わらぬ優しさ)
「そうかい・・・」
(夫震えるまま・・・)
ドスッ(まるでクジラの皮膚に突き立ったシャチの牙のような音)
「幸せだ、そう思った時もあったよ」
(夫。最後の優しさ)
「私はいつだって幸せでしたわ」
(妻、変わらぬ愛。声も一切変わらず)
「な・・」
(夫驚愕。確かにナイフを頭部に突き立てた。出血も・・・出血が少ない!?)
「私の頭部にはダイヤモンド製のプレートが埋め込まれておりますの。オリハルコンでも持ってこなければ通りませんわ」
(妻、愛しい夫に丁寧に説明)
「な、なな・・」
(夫、どうしてよいか分からない)
「あなたの冷たいお怒り、しっかりと私に伝わりました。ねえ、あなた。あなたに私の一つきりの命、捧げてもよろしくてよ。でも、それでは、あなたを幸せに出来ないと思うの。だから私、死にたくありませんわ。あなたと共に幸せになるのが夢ですもの」
(妻、優しく語りかける)
「・・・そうかい!僕はね!君と、君と。僕だって!ぼ、僕も・・・」
(夫、興奮する。そして途中で泣き始める)
「落ち着いて、ゆっくりと話して。お時間はたっぷりありますわ。新婚旅行ですもの」
(妻、愛)
「ぐすっ、うん・・・」
(夫、素直)
なんということ・・・2人には一体どんな経緯があったというのでしょう!
(さっぱり何も、何も分からないように)
「僕は、見てわかるとおりの顔さ・・。それでも、気にしなかった。気にしないようにしてたのさ。それが・・君と出会った。君と出会って、恋に落ちて、愛し合って。ふと我に返った。僕が、こんなに幸せになれるわけ、ないじゃあないか」
(夫、暗い声。絶望を見たような。妻はじっと聞いている)
「女性に相手にされるのは、いたずらの時だけ。からかいの種。それが僕の役割だったんだ。こんな美しい、素晴しい女性と。幸せになるなんて、あるはずがない!!」
(夫、心からの叫び)
「だから、僕は、僕の悪夢を始めさせないようにした。君に捨てられる悪夢をね」
(夫、静かに語る)
「友人の船に誘った。ここなら詳しい船の見取り図も、人の居る時間も、そして、人目のない時間も分かるからね・・」
(夫)
「君を殺す。そして海に捨てる。それでオシマイ。僕はもう、悪夢を見なくてすむんだ」
(夫、自暴自棄気味)
「ねえ。君。僕なんて男と、付き合わせて、すまなかったね。僕なんて・・・」
(夫、再び泣き声が入り始める)
「構いませんわ。あなたがなさりたいようになされば。私、死んでおりません。あなたの番はこれで終わり。次は私の番ですわね」
(妻、静かに強い意思を)
「あ、ああ。ナイフでも、通報でもいい。僕は、犯罪すら上手くやれなかったよ・・はは」
(夫、静か。諦め気味)
「新婚旅行の続きですわ。そして、私があなたに刃を向けるまで、ずっと新婚旅行ですわ」
(妻、しっかり言う)
「・・・・うん?」
(夫、よく分からない)
「あなたの次の番まで、私にお付き合い下さいな。それが私の権利。あなたへの罰ですわ」
(妻、茶目っ気)
「君は、人殺しと、付き合うのか!?」
(夫、今日最高記録の驚愕)
「いやですわ人殺しなんて。あなたはまだ、殺しておりません。ですから良いのです。私が死ぬまでで構いません。お付き合い、下さいな」
(妻、心から)
「君は・・。君は、本当に頭のネジの外れた女だよ・・」
(夫、優しく)
「あなたの妻ですもの。ただのお人形さんとでも思われましたか?ふふっ」
(妻、得意げ)
「そう、だったね」
(夫、全てを諦め、全てを取り戻す)
(壮大な、感動的なBGM。次のナレーションが多少掻き消えても良い)
フィナーレ!感動の終焉であります!この2人のバカップルに神の祝福を!
(BGMに負けまいと怒鳴る。何となく聞こえるくらいに)
「あれ?楽しみにって言ったのに。折角持ってきたワイン飲みに来ねえ」
(純粋に祝う気持ちだった友人。部屋で待ちぼうけ)
ちゃんちゃん!(偉大なるアレ)