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恋する乙女

「きやはぁっ!」


薔薇子の右ストレートは乙女の左腹部をブチ抜き、肉、骨、血を辺り一面に撒き散らした。


「ううっ、薔薇子さん。どうして、こんなこと」


「あんたみたいな、ぶりっ子がねえ。涼君に色目使おうなんて。百年早いのよ!」


「わ、私、そんな・・」


「ネタは上がってんのよ!」


薔薇子はそう言ってカバンから写真を取り出し、乙女の前にバラ撒いた。


「・・・これ」


「そう。あんたが涼君と、屋上で、ツ、ツウショットで昼食取ってる写真よ」


「こっちは」


「涼君を遠くから見てるのに、何故か涼君もあんたの方を見てる。どういうことかしらねえ」


「・・」


「涼君から離れなさい」


「嫌です」


「あんたのためを思って言ってるのよ」


「私は・・・私は涼君と、離れたくない!」


「ふん!ここまで親切に話してやっても、聞けないなんて」


薔薇子は今までの余裕を捨て本気になった。


「お姉さまからのおしおきが、必要ね!」


向かい合う乙女は既に多量の出血、内蔵損傷、骨折。戦うには少々不利か。


だが、乙女は、恋をしている。


カアアアアアアアア!


「それは!その輝きは!」


乙女回路!恋する少女ならば誰もが持つ恋愛機関。この回路が発動したとき乙女の身体機能は通常時の1万倍。新陳代謝も活性化され、既に穴の空いていた腹部も修復済みだ!

そのエネルギー総量は太陽と並ぶ!これが!


「私は!恋する乙女なんです!先輩には負けません!」


「これだから、甘ちゃんは」


キアアアアアアアアア!


「!」


薔薇子もまた輝いていた!しかし!その輝きは、暗く鈍かった。


「せ、先輩。乙女回路の輝きは、桃色から濃い赤まで。その輝きは一体・・・」


「これが乙女回路のもう一つの姿・・・恋慕回路さ!」


恋慕回路!これは乙女回路のあるべき姿ではない!

しかし今ここにあるこの凄まじい輝き!

ならば恋慕回路とは一体なんなのだ!


「ようくお聞き。恋するってのはね、綺麗事じゃあないんだ。惚れた相手に女が居ることだってあろうさ。惚れた相手がこっちを見てくれないなんて、日常茶飯事。あんたみたいなねえ、乙女回路が明るい輝きを放つような人間ばかりじゃないんだよ!!」


「!!先輩!」


「同情は止しとくれ!あたしはこの恋慕回路の力で、涼君にまとわりつく泥棒猫を排除する。そうやって、それから、綺麗な乙女回路にするんだ」


「しかし!そんなことをしたって、涼君は!」


「うるさいんだよ!あんたが涼君を語るんじゃないよ!!!」


恋慕回路は乙女回路とほぼ同等の力を発揮する。だが両者の決定的な違いは、暴走の程度。


乙女回路の暴走は、正の方向に。恋慕回路の暴走は、負の方向に。


薔薇子の力は今、地球を粉々にしようとしていた。


「先輩!それでは涼君もただでは済みません!」


「だからあ。あんたが!!涼君を!語るなあ!!!」


 先輩!日頃嫌がらせをされて、ただのいけ好かない上級生だと思ってたけど。でもここまで。涼君が、どうなってもいいなんて!


「先輩は、私が止める!」


乙女回路はさらに輝く。今や乙女の肉体は半身をちぎられても瞬時に回復するだろうし、足りない血液は水道の蛇口をひねるより早く継ぎ足される。

乙女の継戦能力に問題なし。しかし、それでは涼君と地球が危ない。

今の薔薇子なら、おそらく地球の質量を半分にするのに、5分はかかるまい。

止めなくてはいけない!自分と涼のハッパーエンドのために!


「えい!」


乙女回路全開で平手打ち。もろに喰らえば水平線を超えて大気圏外まで吹っ飛ばされる。

だが相手は恋慕回路。その場で踏みとどまり張り返してきた!


「この!」


「やあ!」


恋する乙女同士の意地の張り合い。周辺にあったはずの学校、道路、電柱、その他人工造形は姿を消していた。張り手一発ごとにその衝撃余波で大地がえぐられソニックブームが巻き起こる。


「分らず屋!」


「泥棒猫!」


「涼君の気持ち、考えたことあるんですか!」


「あんたじゃ、涼君に釣り合わないよ!」


「先輩なら合うっていうんですか!」


「そうさ!」


「自惚れ屋!」


「もう、諦めろ!」


薔薇子の一撃で吹っ飛んだ乙女は、しかし薔薇子を見据え突撃した。


「諦めない!」


薔薇子は逆に吹っ飛ばされ、地球上空10万フィートに到達した。


「ここ!」


乙女は走った。薔薇子を止めるチャンス。そして上空ならば!誰にも聞かれない!

胸に秘めた涼君への想い!先輩に対する蓄積された鬱憤!


全て、晴らさせてもらう!


「ちっ・・」


薔薇子は自由落下中に、こちらへ飛んでくる乙女に気が付いた。


「先輩。はっきり言わせてもらいます」


「なんだい?今更何を言うことがあるってんだい」


「涼君と付き合うのは私!だって!一緒に帰る約束してるもん!それからあんた私の机や椅子にいたずらしたでしょ!クラスメートが教えてくれたんだから!あんた邪魔なのよ!私にも!涼君にも!」


「う・・うわああああ!」


薔薇子はキレた。とりあえず頬を張りに行った。


だがそれが狙い。この単純無比な先輩ならば必ず正面から来る。だから、


正面から張り倒す!


「涼君は!私んだあああああ!」


壮絶なクロスカウンター。いや相討ち。乙女は躱さず、より強力な張り手を食らわせた。乙女自身、顔面を陥没骨折、首の骨を2本折り、その衝撃を全身に受け流したことにより、全身の筋肉がハジケている。通常なら全治1年だ。


薔薇子はもっとひどい。怒りに任せてしまい、パワーを上手く張り手に乗せられなかった。故により強力な乙女の張り手で全て返されることになり、全身が粉々だ。上半身は見る影もない。


それでも乙女回路、恋慕回路は2人を蘇らせる。


自由落下する2人。


「あんた。あたしをヤらないの」


「しませんよ。涼君に嫌われちゃうじゃないですか」


「ふん。涼君涼君て。あんな男のどこがいいのよ」


「どこがって。先輩も好きなんでしょうが」


「ふんだ。あんな。あんな・・あ、あたしを、好、きに、なら」


薔薇子は泣いていた。顔を隠すこともなく泣いていた。


「なんで!なんであたしじゃないの!」


「そりゃ私の方が涼君と相性良かったんですよ。運命なんです」


「馬鹿っ!バカバカバカ!」


「だから、先輩は、悪くないんです」


「・・・うわああああああああああんん」


薔薇子は泣き続けた。いつのまにか地上に降り立ち、直径20mのクレーターの中心に居たが、そんなことはちっとも気にならなかった。


ただ、泣きたかった。


何故か涼君の元へ行かない乙女が不思議だったが。


「あんた」


「はい」


「とっとと帰りなさいよ。約束、してるんでしょ」


泣きながらも嗚咽おえつをもらしながらも、薔薇子は言った。これ以上、優しさなんていらない。涼君にもらえなかった優しさなんて。


「だって。先輩が学校消しちゃったんですよ。涼君だって避難マニュアルに従って、もうとっくに下校してますよ」


「ふん」


そういえばそうだ。いつまでも待ってるわけない。


「もう帰りましょうよ」


「あたしに言ってんの」


「他に居ます?」


「何考えてんの?」


「たまたま一緒に居るのが先輩だったからです。友達もみんな帰っちゃった。そーゆーことです」


「ふんだ」


薔薇子は別に断る理由もないし、乙女とてくてく帰路についた。アイスを買い食いするでなく、ハンバーガーショップに寄るでなく。普通に帰った。


「私こっちです」


「あたしはこっち」


分岐だ。


「今日は、悪かったわね。涼君と、その、約束してたのに」


「仕方ないです。先輩も涼君のこと好きだったんですから」


「ふん。慰めなんていらないわ」


「はーい」


「あんた、恋関係なくムカつくわね」


「失礼な先輩ですね」


「ふん」


「ふん」


「じゃあね」


「はい。またいつか」


2人はそれぞれの家に帰っていった。


また明日、学校で会うこともあるだろう。一件は終わったのだ。


乙女回路と恋慕回路。それは恋する乙女の強化機関であると同時、再生機関でもある。

それはつまり、恋が乙女に例えダメージを負わせたとしても、再び恋する乙女に戻って欲しい。そんな地球の願いではないだろうか。


筆者は残念ながら乙女機関ではなく男児機関の持ち主だ。詳しく乙女機関について語る舌を持ち合わせていない。しかし、思うのだ。あれほど強烈な能力がありながら、まだ地球は乙女機関を持った少女を産み続ける。それは、きっと、地球が恋を応援してくれているのだと。

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