0-6 トリック
「てめえらは一体…?」
「その質問に答える前に、とりあえずここにこれ以上いるのはちょっとあれだから、ほかの場所に行こうか?
あんたの部屋はどうだ?
誰かが勝手に入って来られない所にはぴったりだね。
そこでゆっくり話そうか?」
不気味な笑みを浮かべて話す。
俺の言葉にナセルが逃げる。
出口に向かって走り出すが、誰もナセルを追わない。
「あの先まで行くと…!」
ここは秘密の地下室。
普段は特殊な装置で出入り口がふさがっている。
これを操作する方法を知っているのはナセルと黒い疾風だけ。
門を閉めたらしばらくの間は追撃できないだろう。
その間、迷路を抜け出せばいい。
迷路の脱出口を知っているのもここには自分だけ。
門を操作しさえすればあいつらを閉じ込めるのができる。
「もう少し…」
前へ数歩。
装置に手が届く寸前。
首筋に冷たい感覚が感じられる。
「運動は楽しかった?」
ブリンがナセルの首にナイフを近づけている。
「まさか、僕たちを置いて逃げようとしたんじゃないよな?
ならば本当に残念だよ。悲しくて涙が出るかも?」
俺がナセルの前に立つ。
「さあ、よく分かっただろう?
逃げるのは不可能だから、これからはお互いに体力を無駄遣いしないようにしよう。」
「どうやってその距離を一気に…?」
「どうって、さっきのスケントって奴みたいに走っただけよ。
ただ、僕があいつより何十倍も早いけどさ。」
俺はナセルが触ろうとしている装置に触れてみる。
すごく小さい秘密ボタンだ。
押すと厚い石門が降りてくる。
もう一度押して門を開ける。
あくまでも笑顔と優しい声でナセルを脅迫する。
「道案内、頼むよ。」
「ついてこい…」
「いいぞ、いいぞ。」
ブリンがナイフをおさめる。
「ちょっと待って。
ここでやってから出よう。」
それとともに俺たち5人の姿が変わる。
まぎれもなく召使いの姿となりに変わった。
目の前での幻影魔法に驚いて、言葉を失う。
「じゃ、行ってみようか。」
ナセルが歩き出す。
迷路から出て、少し歩いたら現れたのは地上に上がる秘密階段。
階段を上って行くとすぐにまたゴージャスな部屋に出る。
部屋から出て、ナセルの部屋に足を運ぶ。
行く途中で何度、人に会うが、疑う目はまったくない。
ナセルは話せずに、頼むように目を見開いて使用人たちを見るが、逆効果だった。
ナセルが怒ったと判断した下男たちはむしろナセルを避ける。
この場面に思わず笑ってしまった。
もうすぐ、他の場所と比べても、より豪華な装飾の扉にたどり着く。
門の内側には、一国の王さえ享受できない豪華さの極致である寝室がある。
部屋に入ってまた門を閉める。
防音魔法を忘れずに。
同僚たちには周囲の警戒を頼む。
ナセルは緊張した表情で俺を見る。
「さあ、ここまで来たんだから…
とりあえず仕事の顛末を説明してあげようか?」
ナセルはしばらく呆然とした表情をしていたが、すぐにまた表情を戻す。
このような状況でも気にはなるようだ。
「あんたの思い通り、これは全部俺が企んだことよ。」
ナセルの表情はゆがんでいく。
意に介さずすべてを話し出す。
「まずあんたがこのオアシスを通じて人々を搾取するという話を聞いて、これを解決するために、ここハードセルまで来ることになった。
ハードセルに来る前に近くの町々から事前情報を収集した。
その中で使えそうな情報を得たんだ。
あんたが先日、不渡りになった魔水晶鉱山の借金の弁済金として、お金ではなく魔水晶を貰ったことをあらかじめ事前情報として入手した。
だからそれを利用することに決めた。
ハードセルに到着しては現地の状況を調査した。
知らない情報も得るのを兼ねて、歪曲された情報があるか見るために。
だがゆがんだ情報はなかった。
あんたのゴミみたいまねのせいで人々は死にかけていた。
凄惨な状況だった。
一番凄惨な話は死者の血を水の代わりに飲んでいるという話を聞いたのよ。
その話を聞いて作戦は始まった。
第一歩であんたに会うことにした。作戦のために。
事は当然、俺の思い通りに進んだ。
魔水晶をたくさん得たけど、最初からあんたの主力商品でもなかったし、実力のある魔法使いを雇うのもできなかったので、あんたの悩みの種になってしまった。
一部の魔法が発達した国では代替貨幣としても使えるけど、それを考慮しても多すぎる。
実力のある魔法使いがいないことを確認するのは簡単だった。
初めてここに来る時、 わざと魔力を放出したんだ。
B級以上の魔法使いなら確認できるくらいに。
『黒い疾風』に魔法使いがいなかったのはまぐれ当たりだったが、もしあったなら事前に処理したはずよ。
とにかくそんな状況で俺が魔水晶を買い入れると言ったらあんたは嬉しいしかなかったな。
悩みの種を自分が一番好きなお金に換えてあげると言うから。
それでもあの状況で淡々と話したことはやはり大商人らしいというか。
喜ぶな姿を見せると弱点がばれることがあるから、わざと感情を自制した。
でも完璧に隠せできる感情はない。
まずあんたは俺のお金の出所について詳しく聞かなかった。5億は少ないお金じゃない。
A級でもS級でもない冒険者たちが一銭や二銭を集めて作られる金ではない。
名前もない商会が5億があったらお金の出所が気になるのは当然だ。
だが、あんたはそれを詳しく問わなかった。
もし裏が怪しいお金なら、それお気づいたあんたとの取引をキャンセルするかもしれないから。
見逃すのほうが得だと判断した。
また商人が単に気に入ったとおまけをあげる?
滅茶苦茶な話だな。
さらに、あんたのような守銭奴がそんなものをあげるはずがねだろ?
やっかい物でない以上は。
それであんたは手に負える10%だけを残してすべて俺に売った。
単価は2000リデム。卸値で考えれば、どうにかこうにか悪い値段ではなかったから。
魔水晶を買って、あんたのパーティーに参加した。
ひとまずあんたを油断させて、作戦を本格的に開始まではできるかぎり逆らわない方がいいから。
そして、なんのことがあっても聞いてみたいのがあってさ。
俺はいつもこんなことを開始する前に必ずターゲットへこの質問をする。
もし外道になってでもしなければならない大義があるかどうか知るために。
さらに大きな犠牲を防ぐために犠牲を払っているのかを知るために。
だから危険負担を抱えてあんたに聞いてみた。
果たしてそこまでして金を稼がなければならない理由があるのか。
もちろんあんたにはいなかった。そして作戦は止まらなくなった。
ひとまず魔水晶を移し、それ全部を水の魔水晶に作った。
俺たちの実力を見たから分かっているはずだが、当然俺たちが魔法付与をしたのよ。
その間、一人はあんたに不満を抱いた他国の商人たちを探し回った。
自分が直接売ることになったら目立つようになるから。
今後もこんなことを続くるためには、それは困るんだ。
彼らに魔水晶の流通を申し入れた。販売金の半分を与える条件で。
そのために水の魔水晶の見本品を見せてあげたんだ。
それを見て受け入れていないところはなかった。
ただで相当な金額を得るのはもちろん、嫌がるあんたに一発食わせることができるから。
そして夜明けから各商会に魔水晶を流通した。
移すのは簡単だったぞ。
俺たち全員が収納魔法ができる。
そしてうわさをばらまき、すべての人々が魔水晶を買えるようにした。
価格は重要ではなかった。多くの人があんたの束縛から抜け出すのが重要だった。
その中でも特に貧民が問題だった。
この人たちはそのちょっとしたお金さえない人たちだから。
だからつけを作ったんだよ。
どうせ回収する考えはしないまま。
騒ぎが発生してあんたは当然の推理をして、俺を訪ねてきた。
その場ですぐ戦うのは得ではなかったので一応言い逃れたんだ。
だから妥当な論理とともにブラフをかけた。
その箱たちも今の俺たちの姿と同じ幻影だった。
結局、確実な物証がないので去ったが、確かな心証に基づいてあんたが人知らずに俺たちに手を使うはずだと予想した。
水の束縛から人々が離れた以上、むやみに公権力や力を使っては逆にこれまで押さえられてきた怒りが爆発してあんたに向かうこともできるから。
正面から入ってくることはできない。
俺たちはわざと捕まれることにした。
拉致をしたら当然人々の目を心配しなくてもいいところに連れて行くだろう。
俺たちが最も楽に力を使うことができる所に。
もう1つはあんたの精鋭をあらかじめ迎撃する必要があったんだ。
私兵をむやみに使うことができない以上、最精鋭を使って効率的に仕事を進めるのが合理的だ。
あんたの精鋭を壊しておけば、あんたの手を減らすと同時に心理的に圧迫しやすくなる。
精鋭というジョーカーが残っていたら、ジョーカーを信じて俺の思い通りに動かない可能性があるから。
もし精鋭が残っていたら、こんなにつかまれても俺たちを脅迫していただろう。
その精鋭が『黒い疾風』だとは思わなかったが、別に関係なかった。
相手が誰であれ俺たちが勝つのは既定事実だったから。
あいつらを倒すと、あんたはあきらめて逃げ出したんだ。俺の予想通り。
わざわざ適当に戦った理由はもちろん準備運動ではなかった。
人が一番簡単に諦める場合がどんな時か分かる?
成功を目の前にして挫折する場合だ。
しかも奥の手さえ阻まれてしまったのだから戦意を失うしかない。
まあ、生かしてあげたのは単純な気まぐれだった。
殺すのもいいけど、それほど名の知れたパーティが突然行方不明になったら、やっぱり噂が出回りそうな気もするし。
それて作戦はこのように成功寸前なんだよ。気になることは残ってる?」
ナセルは震える声でこう話す。
「おまえたち正体は何だ…?」
「それは作戦が終わったら話してやるよ。
まず、それではこれから精算の時間だ。」
「何?」
「まず、今作戦について説明してくれた値。
200億リデムくらいちょうだい。」
「何だと?!」
大声で叫ぶので、お腹をげんこつで殴ってやる。
「カハッ!」
「怒鳴らないで。他の人が来たらどうするんだよ。
俺たちだけの時間を邪魔されたくないんだよ、ダーリン。」
「200億が…一気にあげられるお金だと思うのか…?」
「わかる、冗談だった。
今倉庫にあるもの全部僕が持っていくようにするよ。
その程度なら100億はあるだろう?いや、慈悲深すぎじゃない?
「クウウウ…」
「倉庫の鍵をよこせ。」
「…殺せ。」
度胸すわっているな。
しかも俺が一番嫌がる話をした。
死を軽んじている。
「そうか?じゃあ殺さない。代りに死ぬことより苦しいことが何なのか教えてやる。」
今までずっと維持してきた笑顔が消える。
そしてナセルに向かって手のひらを広げて魔法を使う。
ナセルは怖がるように体をすくめたが、何も起こらなかった。
「?」
そして俺が近づいてナセルに向かって息を吹きかける。
そしてナセルに名状しがたい苦痛が襲う。
「うあぁぁぁぁっ!」
人間から出たとは思えない悲鳴が響く。
こんな音が響いたのに、だれも部屋に来ようとする気配はない。
「いまあんたの肌の感覚を活性化させるバフを使った。
それを応用すればこんなこともできるんだ。
医学に関心があれば分かるかもしれないね。
人間の肌が最も感じやすい感覚は痛覚だということを。
今あんたの状態は痛風という病気にかかっている状態と似ている。
とても微細な感覚でも刀で切られる苦痛を受けるようになる。」
ナセルが続く痛みに声さえ上げられずにいる。
バフを解除してあげる。
「ちなみにこれ中級くらいのバフだぞ?
そしてあそこのオフィーリアが最上級バフを使えるよ。」
この言葉はつまり…
「中級バフと最上級バフの効果の差は最大20倍。
今の苦痛の20倍を感じて欲しいならそうしてやるよ?
じゃ、どうしたい?」
ナセルに再び笑みを浮かべて問う。
ナセルが辛うじて話し方をする。
「何でもするから…だからもう···」
「賢いな。やっぱり大商人だ。
何が得なのかよく分かっている。
なら早く鍵をよこせ。」
「……私の金庫にある。少し待てくれ。」
「そうかい?では次の請求書を請求するよ。」
「?」
「二つ目はあんたのせいで魔水晶を作るために使ったお金と時間と努力に対する補償金。
オアシスの権利書を俺に売って。
価格は…そうだな。1000リデムなら十分だと前に言ってたよな?
金庫にあるんでしょ?鍵と一緒に持ってこい。」
「てめえ…」
また大声を出そうとしたナセルだが、すぐにあきらめて部屋の中のある壁面へ行く。
ナセルは部屋の壁に歩いてスイッチを押す。
その後ろに秘密通路と金庫が現われる。
ナセルが金庫を開けて何かを取り出す。
そしてまた戻ってきてこう言う。
「印章はオアシスの方にある。ついてこい。」
部屋を出てオアシスに向かう。
そして、先頭に立ったナセルの笑いを誰も見なかった。