3-9 reminiscent~思い出~
「オフィーリア様がいらっしゃいました。」
誰かのことばに人々止まる。
舞踏会場がこのように静かになれてもいいのか。
音楽家まで演奏を止めている。
そして誰かが静寂を破る。
「オフィーリア様だ!」
それとともに大きな歓声が始まる。
さっき登場した大物たちは比較にならないほどだ。
しかし、誰もオフィーリアを捕まえて話そうとはしない。
道ができるのがこちらからもよく見える。
そしてオフィーリアが見えて、その理由を知った。
平凡な人は近寄りがたい雰囲気が感じられる。
自分が謙虚になるような感じを与える美しさと雰囲気。
特に仮面をかぶっている点が神秘感を増している。
何も言わずにオフィーリアを眺めていると、オフィーリアの方から俺の方へ歩いてくる。
え…
?!?!
何かをする時間もなくすぐ俺の前まで来たオフィーリア。
「ここにあったんですね。
護衛なら門の前で待って私が来たらすぐ護衛をするのが基本じゃないですか。」
「…もうしわけございません。」
「冗談です。ニコラはどこですか?」
「あそこに…」
「行きましょう。」
ニコラへ向かうオフィーリア。
ニコラがオフィーリアを見つけて駆けつけてくる。
「姉上!本当に来てくれましたね。」
「約束だから。」
「ルメナさんとは初面ですね。私の姉上です。」
「ルメナです。ニコラ様の護衛で今日この席に来ました。」
「お会いできて嬉しいです。弟をよろしくお願いします。」
いくつかの言葉を交わしているうちに、再び人々が集まってくる。
いつの間にか人波に押されてニコラたちとも離れてしまった。
「オフィーリア様! #$^#@#$&#%^##」
人々の声が混じりすぎて分別ができないほどだ。
オフィリアはため息をつくと,俺に言った。
「別のところに行きましょう。」
「はい…」
行く途中も時々舞踏会のパートナーを聞く声が聞こえる。
全部無視しているオフィーリア。
しかし、自分の方に近づいてくる誰かを見て顔をしかめる。
「いらっしゃいましたね、オフィーリア様。」
「どんなご用件でしょうか?」
「ご用件って、ただの挨拶です。」
「言っておきますが、今日は踊りません。疲れたので。」
「そうですか。それならお酒でも一緒に一杯いかがですか?」
「結局は挨拶だけではないんですね。嘘をつかない方法から学んでまた来てください。」
そしてすぐに背を向けてしまう。
相手は苦々しくその場に立っている。
「…誰だったんですか?」
「アルデンヌ中央軍第4軍大将セルジオです。」
「あの人が嫌いなようですね。」
「死ぬほど嫌いのではないですが、好きにもなれないですね。」
セルジオを見たからか。
他の男たちが「もしかして私なら」という気持ちでオフィーリアに挑戦するが、全部沈没してしまう。
しかし、巡航だけはできないようだ。
「オフィーリア。」
「お兄様。」
人がこんなに無表情でいられるのかと思う顔のオフィーリア。
それに反して、複雑で不機嫌な笑みを浮かべながら近づいてくるアルベルト。
「来なさそうに話してたのに、とうとう来てくれたな。」
「そのために来たのではありません。ニコラの頼みで来たんです。」
「は!ニコラも使い道があるな。」
その言葉にオフィーリアが虫を見るようにアルベルトを見る。
気付かなかったのか、無視したのか、アルベルトは話を続ける。
「それで他の方々に挨拶は終えた?」
「あいさつを受けたければそちらから来ればいいことです。」
「無礼なことはよせろって何回言うんだ…?」
雰囲気がよくない。
「もうあきらめろ。いったい何が問題だ?!
結婚したら君も新しい恋に出会って安定するだろうし、もっと大きな力を得ることができるはずなのに!」
「恋にあったんですって? その恋がないからこうしているのです!」
「第2王子に王都守備隊副団長に中央軍団長まで!いったい何が足りないんだ?!この人たちがお前を憎んででもいるのか?!」
「いくらなんでも私が心を変えることはありません!」
瞬く間に険悪になった雰囲気。
二人の周辺はもとより、パーティー会場全体が瞬く間に沈んでいく。
「これくらいにしましょう。他の人たちが見ています。」
俺が割り込む。
「お前はニコラの護衛。何でここにいるんだ。消えろ。」
「ニコラ様からオフィーリア様を護衛するようにと頼まれたので。」
「知ったことじゃないから、今すぐ消えろ。俺はオフィーリアと話し中だ。」
「申し訳ありません、オフィーリア様の護衛をしている以上、誰でもオフィーリア様に迷惑をかけることは許されません。
たとえ、相手があなたでも。」
「この生意気な!」
「やめなさい!」
オフィーリアが叫ぶ。
「その剣を入れてください、お兄樣。」
冷たい声だ。
たった今光ったアルベルトの剣よりも鋭いな。
アルベルトが出てオフィーリアと周りを交互に見て、剣から手を放す。
「君がずっとそうするなら俺も考えがある。」
そして俺の足を踏みながら通り過ぎる。
こん畜生め。
去っていくアルベルトを見ながらオフィーリアが声をかけてくる。
「護衛の役割をきちんと果たしてくれましたね。」
「そういう役ですから。」
「物怖じしないのか、それとも阿呆なのか。」
「どちらでもありません。」
「とにかくありがとうございます。」
今の騒ぎで人々に目が集まったのが気まずいのか、席を移すオフィーリア。
疲れたのか、外のテラスに出て椅子に座る。
「ああいうところはやっぱり苦手です。
あなたはもっと遊びたいはずなのに、このように呼び出してごめんなさい。」
「いらっしゃる前に十分楽しんだのでご心配なく。」
「お兄樣がそんなに叫んだんだから結局噂はもっと広がるでしょう。
こんな所に来るように説得したあなたのせいです。」
「申し訳ありません。」
「こうなったら正面突破するのは決まったんですね。」
「…」
「昨日おっしゃったことを聞いて考えてみました。
いつまでもこうしていられないでしょう。」
「それなら…」
「むしろ公の場で結婚をしないと言った方がいいかもしれないってことですよね。
汚くて、大変なことですがいつかは忘れられるでしょう。」
「…そんなに結婚が嫌な理由があるんですか?」
「いやな人ばかりだから。」
「いやな理由って?」
「私に求婚する人たちの中で私だけを見て結婚しようという人が何人くらいになるんでしょうか?
ないとはっきり言えます。私ではない他の何かにもっと目を向けている人たちです。
それだけならましです。一様に欲深くて傲慢で無礼な人たちばかりです。
自分の地位と力を自慢しようとし、それを認めてもらえないと腹を立てます。
また、今もすでに多くのものを持っているにもかかわらず、終わりなく持っていこうと思っています。
その過程で誰かを傷つけ、奪うことを当然に考え、正当化します。
私が一番嫌いなことです。
この国は神様がみてくださる国だと言いますね。
ですが、今の私には神を信じることができません。神が見ているところにあんな人が溢れているから。」
「聖職者が神を否定するなんて、とんでもないことをおっしゃるんですね。」
「過去に私の知り合いが言った言葉です。」
じっとオフィーリアのそばに立っている。
何を言ってあげるべきだろうか。
考え中なのにみかんの香りがする。
「みかん…?」
「弟からもらった入浴剤を使ってみたら、みかんの香りでした。」
「お気に召しましたか?」
「もちろんです。弟にもらっただけではなく、私の好みにも合うものです。
私はお風呂とみかんが大好きなんです。」
「そうですか。」
「私の人生でこんなにうれしいプレゼントは3回目です。」
「…1つ目は?」
「母がくれた魔法のスタッフ。」
「2回目は?」
「これ。」
左手を見せてくれる。
その瞬間、何かに殴られたような気がした。
「もう愛する人がいましたか?薬指にはめた指輪だなんて。」
「片思いでした。その人がただあげたものを私が勝手に左手の薬指に挟まりました。」
「…あの人と結婚すればいいんじゃないですか?」
「亡くなったんです。私を救って。」
「…」
「私が言った貴族たちとはまったく違う人でした。
平民出身で、能力はあるが絶対に自慢しませんでしたし、何かを特に望んでもいませんでした。
無礼…はしましたね。しかし誰かのために無礼になりました。
何より誰かを傷つけないで、かえって先に出て阻止してくれる人でした。
それによって自分が傷つくことになっても。
忘れようとしてもその人を忘れさせるものがここにはなかったんです。
むしろもっと思い出すだけ。」
何も言えない。
その時、オフィーリアがくしゃみをする。
「このマントを」
俺が使っていたマントをオフィーリアにかぶせる。
オフィーリアはしばらく考えたかと思うと、俺に言った。
「あなたは私が愛したその人と似ています。それでこんな話までしてしまいました。」
「そうですか。」
「こんな小さな思いやりとか、人の地位や能力なんて考えずに言える度胸とか。」
「…」
「何よりも…」
その瞬間、俺と目を合わせる。
オフィーリアの目が俺の瞳に入ってくる。
「目が似ています。」
そして、この時、ホールの中が騒がしくなる。
「?」
「10時みたいですね。陛下がお出でになると思います。
私たちもしばらく入りましょう。」
そしてまた中に入るオフィーリア。
俺は思い出を思い出しながら入っている。
戦い続ける日々の真っ只中で、もうすぐ誕生日だと駄々をこねていた姿。
ただ俺にだけ意地を張った。
あきれかえったように話したが、プレゼントを作ることに何日を使ってしまった。
そして無情なようにあげた誕生日プレゼント。
一つはみかんをトッピングした小さなケーキ。
もう一つは錬金術の材料として持っていた貴金属を加工して作った指輪。
白金にダイヤを彫って作った指輪だ。
その指輪はオフィーリアの手で輝いている。




