3-6 浴場での一時
屋敷に戻ればオフィーリアが戻っているだろうか。
どうしよう。
また緊張してきた。
「まだお戻りになっておりません。」
…ふーう、助かった。
でもこんなに長い間、家を空けるなんて…
ニコラに聞いてみよう。
「修道院にいるのは確かですか?」
「たぶんそうです。
そういえばその話をして差し上げると言っておきながらまだ言えなかったですね。」
「ゆっくりしていただいてもよろしです。」
「それでは後で夕方に会いましょう。」
「わざわざその時間まで行く必要がある?」
ルメナが陰険な笑みを浮かべる。
「一緒にお風呂だなんて…」
「恥ずかしいですか?」
「いえ、同じ男同士ですから…」
「何で私だけいじめするのよ?!」
ここは温泉風に作った野外浴場。
ルメナは混浴しようと言うが、できるわけがない。
引き続き女湯の壁越しから叫んでいるルメナ。
「両性平等! 男でも女でも同じようにお風呂に入る権利がある!」
俺が反論してあげる。
「両性平等! 男でも女でも嫌いな人とは沐浴しない権利がある!」
「…嫌いなんですか?」
「そうじゃないけどやっぱり女の子じゃないですか?やっぱりあの…」
「…?」
「…知らない方がましです。」
何も知らない温室育ちを見て謙虚になる。
ただ、俺のどこかだけは自信満々になったけど。
「それでその修道院にいる理由は?」
ようやく静かになったルメナが壁の向こう側に話を切り出す。
「それが姉上は…」
「壁のせいで聞こえない!しょうがないね!」
そして壁を越えて渡ってくるルメナ。
体にはタオルだけまとっている。
「おい?!?!」
「隠すべき部分は全部隠したじゃん。
R-18にはかからないから心配すんな。」
「うわぁ…」
ニコラの反応は驚いたのか、それとも恐れているのか。
後者であっても十分に理解する。
いつものように俺があきらめて、ルメナが男湯に入ってくる。
「それでは話を続けて聞いてみようか。」
「姉上は元々家を出ていた方ではありませんでした。
あのようになれさったのは勇士パーティーから帰還してからです。」
「どうして?」
「直接説明しましたことはいませんが、やはり同僚を亡くしたことがケガだったと思います。
勇者パーティーから帰還できなかった一人、クリス·レバントが。」
胸がしびれる。
やっぱり俺は死んだ人として知られているか。
「とにかく帰還以来、一ヶ月ほどはずっと部屋で泣いてばかりいました。
幸い1カ月以降はお部屋からお出でになられましたが、ずっと無気力におられるだけでした。
そんな中、修道院から手紙が来てから人々を助けに通っていました。
もともと勇者パーティーになる前からやっていたことでしたが、前よりもっと没入しました。
まるで何かを通して他の何かを忘れようとする人の感じでした。
そうして少しずつ元気が回復されるようでしたが、アルデン軍から要請が入ってきました。
戦場に参加してほしいと。
そして約3カ月間、3カ所の戦場を見て回ったと聞いています。
今の姉上はその時からでした。
過去の暖かい目からは暖かさが消え、冷たさだけが残っています。
戦争で何を見て感じたか分かりませんが、姉上の性格上、耐えられなかったでしょう。」
デリケートな話しだったので言い出せなかったことを先に話してくれている。
聞いてみるチャンスか。
「もしかしてオフィーリア様がなぜ、敢えて戦場に行かれたのかご存知ですか?
おっしゃる通りそんな性格ではないはずなのに。」
「自分が行かなければもっと多くの人が死ぬかもしれないと思ったからでしょう。
軍からの手紙にもそんな風に書いてありました。
実際に魔王討伐後、姉上が帰ってくると、ほかの国々が威嚇を感じたのか激しく攻撃してきました。
当然被害も大きくなりました。自分がその責任感を感じたこともあると思います。
結局、3カ所で全部結界魔法を使って休戦状態を作ったんです。
今もその3カ所で休戦が続いていると聞きました。」
戦争に出たのは、そのような理由だったのか。
ふと安心する。
俺が知っているオフィーリアが見える感じだ。
「それ以降は軍の力を貸してほしいという要請も全部断りました。
すると、他の提案が入ってきました。」
「どんな?」
「結婚です。」
「?!」
「なぜ驚かれるのですか?」
「いや…」
「姉上はお断りしておりますが、引き続き求婚が絶えないでおります。
もとから婚約の話は多かったですからね。結局、アルデンの大物たちまで求婚しています。
あれから嫌なことがあったら修道院で過ごしておられます。
幼い頃、聖職者の研修を受けた場所でもあり、その後も救済活動を続けてきた第2の家ですからね。」
逃避ということか。
胸が痛くなってくる。
ニコラが今にも泣き出しそうな顔になった。
「姉上が戦争から帰って来てから本気で笑っているのを見たことがありません。
姉上がかわいそうです。
本気で笑わなくても私を見ればいつも笑ってくれます。
姉上の笑顔を奪っていった人たちが憎いんです。」
どのように慰めてあげればいいのか分からない。
なぜなら、俺も慰められたい気持ちだから。
その瞬間、ルメナが俺とニコラの頭に水をまく。
「プウッ」
「何だ、いきなり?!」
「男二人で泣きべそばかりかいているなんて、みっともないよ。」
「…俺もそんな表情だった?」
「泣かないでちゃんと現実を見ろ。泣いたら涙でろくに見ることもできないわけよ。
ちゃんと見て自分のできることをやりなさい。一つずつ変わってもいいんだよ。
998と999が1の違いでも変わったことはほとんどないけど、999と1000は確かに違う。
同じもんがねだろ。単位も読み方もぜんぜん違う。
他のものも別に変わんない。
一つずつ変わっていくといつの瞬間に全てが変わることができる。
だから泣かないで何でもいいからやってみて。」
「…何をすべきでしょうか?」
「それを私に聞いたらだめよ。でも可愛いニコラちゃんだから今度は答えてあげるよ。
とりあえず今日買った入浴剤からちゃんと伝えてあげろよ。」
ニコラはその言葉にかすかに微笑んだ。
「その通りです。ありがとうございます、ルメナさん。」
「いつもと違ってすごく恥ずかしいね…」
「恥ずかしがらないで。俺もありがとう。」
「君はなんで?」
「俺も焦っていたんだ。
一つずつしなければならないことを忘れたまま。」
「ふふん。
お前に感謝をもらうのは、やはり気持ちがいいね。」
「おい!胸!おっぱい!」
ルメナがわき腹に両手を当てた瞬間滑るタオル。
そして男を倒す兵器が公開された。
鼻血だらけの風呂場を後にして外に出た。
もう話は終わったからご飯はゆっくり食べようか。
夕方には特に予定がなかったので、明日の舞踏会の準備をした。
そして夜10時頃になると明日の予定を聞くためにニコラに会いに行く。
「ニコラ様、ハインズです。」
返事がない。他の所にいるか。
一回、探しに行ってみようか?
散歩も兼ねて、屋敷のまわりを歩いている。
まさか、その入浴剤を伝えに修道院まで行ったのかな?
散歩でも精一杯楽しむようにしよう。
そのように歩いていると人の声が聞こえる。
誰がこんな時間に?
近づくにつれて音がはっきりと聞こえる。
そしてニコラの声が聞こえてくる。
「どうしてですか?仮面舞踏会に一緒に行きましょう。」
「私は大丈夫だから。君は楽しく遊んで来なさい。」
女の声。
聞き慣れた声だ。
「私のプレゼントが気に入らなかったのですか?」
「そうじゃない。本当にうれしいよ。」
好きだった声だ。
「では何が問題なんですか?!」
「君も知ってるでしょ。何が問題なのか。」
絶対に忘れられない声だ。
「お願いします、姉上!」
オフィーリアはそこに立っていた。




