1-3 出征の夜
「そう見ていても早く来ないよ、オフィーリア。」
「やっぱり冷静ですね、エリゼさんは」
夕焼けで、約束の時間まで1時間も残っていないのに,クリスは戻ってこなかった。
いらだたしい雰囲気が漂う。
「確かこの時間までは帰ると本人が言っただろう、ジェラード?」
「何度聞くんだ、デレク。
たしか日暮れ前だと言った。」
「今がその時だから聞いてるんだろ。 あいつ何しているんだ…」
「言葉はそうしておいたけど怖すぎて逃げてしまった、とか?」
「それは違うよ、アホのブリン。」
「そういうエリゼ, お前は何を知ってるとそういうんだ?」
「私じゃなくてオフィーリアが知っているよ。
毎度クリスに食事を持ってきてあげに行ったようだわ。
まぁ, 毎回そのまままた持ってきたんだけどね。」
「ふえぇっ?!何で知ってるんですか?」
「私が食事当番だったの忘れた?
食事後にまた食事を持っていけば誰でも気づくわ。」
静かに頭を下げるオフィーリアにまた質問が入ってくる。
「それでクリスの調子はどうだった?」
「それが朝にも、お昼にも、食事を持って行ってみたのですが、どこで作業しているのか分からなくて探してみたら、ある洞窟の入り口で結界を見つけました。
結界解除はいけないと思ってそのまま帰ってきましたが、お昼にも結界は張ってあったからまだそこにいると思います。」
「というのは逃げたわけではないね。」
「約束時間はまだだ。待ってみよう。」
そして夕焼けも消えて月が昇る。
約束の時間はあと5分も残っていない。
「来ないな…」
「クリスさん…」
エリゼはため息をついてオフィーリアに近づいた。
「オフィーリア。 君ももうあきらめろよ、そもそも1日で何か解決するのが無理だったわ。」
「情けないやつ。」
ブリンが言った瞬間
「その言葉通り返してやる。我慢して待つこともできない情けないやつ。」
俺が現れた。
「ちゃんと約束の時間に間に合うように来たのに、口数が多いな。
これを作る途中に一度倒れていたんだ。
目が覚めたら時間がぎりぎりだった。」
背中に結んでいた大きい袋を下ろす。
パーティーの目が袋に集まる。
「何あれ?」
「倒れたということなら毒草みたいもんか?」
ジェラードが自分なりに推測するパーティーメンバーを静かにさせる。
「それで中にあるのは?」
「錬金術で作った強化剤と回復薬だ。」
また騒々しくなる。
説明が必要そうだ。
「俺が現在作れる最高の薬だけを作った。
倒れたのは製造に魔法を使いすぎたのが理由だ。」
「薬の効果は?オフィーリアがあるのに、わざと君の薬を使わなければならない理由があるか?」
「強化剤は1本飲み切ると6時間間上級バフ効果が出る。
オフィーリアが普通使うバフは2時間で中級バフだったな。
しかし、魔王が相手なら最上級バフが必ず必要だ。
だからオフィーリアの魔力負担を減らすためには必ず必要なんだ。
できれば最上級も作ったいだったが、俺の実力ではそこまでは無理だ。」
「上級バフだと私も4時間が限界なのに6時間なんて一体どうやって作ったんですか?!」
何か驚愕するオフィーリアを無視して説明を続ける。
「強化剤は攻撃力中心に作った。
魔王の防御力が心配でもあるし、これが回復薬なら、回復力強化剤は必要ないだろう」
そして血のような赤い瓶を取り出す。
まるで液体のルビーを見ているような光沢が皆を魅了する。
「回復薬はエリクサーだ。説明は必要ないよな?」
『エリクサー』
錬金術を習ったことのない者でも知っている最高の霊薬。
飲むと死なかったら完璧に回復させるチート級の効果だ。
「エリクサーなら私の最大回復魔法よりも上位の回復能力じゃないですか?!」
自信をなくなったようにオフィーリアが沈んでいる。
「言っただろ?あくまで俺の薬は君の負担を軽くするために作ったものだ。
俺の薬では最上級バフも広域ヒールもできない。あくまで君が主役よ。」
「ふふん、そうおっしゃるんなら。」
本当に分かりやすい子だ。
また説明を続く。
「言葉だけなら簡単だ。
その薬は本当にその程度の効果を出すことができるのか?
時間も材料も足りなかったのに、あれほど薬を作ったなんて信じられない。」
デリックの言葉にみんなを見渡すと、他の人々の目にも疑いが映っていた。
見た途端笑いが出てしまった。
「お前たち、勘違いしてるじゃない。
俺がこの薬を作ったのは魔王が強すぎるから対策として作っただけで、俺が弱くて力がないから作ったんじゃないんだ。
俺の能力を一番たくさん見てきたお前たちがよく知っているとおもったのにさ。」
「そんなものが作れるならなぜ今までは作らなかったんだ?」
ローレンのこの質問も当然か。
「今までエリクサーが必要な時があったのか?
今回はこれが必要で作っただけだ。
今まではこんなことに時間や魔力を使うより俺が直接解決するのが合理的だからそうしただけだ。
また、エリックサーの材料はそんなにありふれたものじゃない。
この1年間集めてきた材料と出征前に持ってきた材料を全部使って作り出したんだ。」
疑いの目が消えていく。
でも、俺は苦笑しまう。
「でも今の俺の状態なら間違いことではない。
この薬の製造で使用した魔力はまだ半分の半分も回復しなかった。
実際の戦いで俺の役割はオフィーリアの補助くらいが限界。」
そして本当に伝えたいことを言う。
悔しくて悲しいが、これ以外に言い分はない。
「俺の魔力回復用の薬を作ってたら何とかすこしは回復したけど俺が魔法を使っても別に得はないだろ?
だから君たちを信じて君たちのための薬をもう一つ作ったのさ。
だから頼む。勝ってくれ。」
誰も口を利かない。
余計に負担感だけあげてしまったのかな…
この時、ジェラードが強化剤を一つ取る。
「名前も書いてあるんだ。これが俺のものだな?
お前たちも自分の強化剤を持って行け。」
全員が本人分の強化剤を持っていく。
「プライドの高いこいつがお願いするなんて、いい見物を見たな。
見物した観覧料に薬の代金もちゃんと払わないと。
これから魔王のところへ行く!
どうか全力を尽くしてくれ!」
そして、一気に強化剤を飲む。
同時に、パーティー全員が強化剤を飲む。
「すぐに効果が来るのが感じられる。感覚が鋭くなった。」
「体が軽い。」
「腕力も上がったか」
「確かにこの程度ならオフィーリアに劣らないバフだ。」
「それでは出発する。
まだ用事が残っているやつはいるか?」
誰も言わない。
ポーションの分配も終わった。
各自の整備も終わった。
最後の戦いだけが残り、そこに進む。
もう日はとっぷりと消えて月明かりだけが残った夕方。
まるで神殿の入り口のような柱が立てられているところ。
その中にためらわずに入る。
魔王の居場所を前にして一日を待つのは話にならないと思う人もいるが、それが可能だった理由が目の前にある。
「これがあの『結界』か。魔王が自ら作ったという。」
俺たちは今、石の寺院にいて、その中心に魔法陣が刻まれている。
結界裏にあるのはポータルの魔法陣。
魔王直行の近道だ。
この結界は全ての存在、魔物さえも通過できないようにする構造だ。
どうしてこのような結界を作ったのかは分からないが、とにかくこの結界のおかげで周辺に棲息していた魔物だけ牽制すれば、1日ぐらいは十分時間を稼ぐことができた。
周囲を見回す。
魔力がないが、感知は何とかできる。
「パズル型結界の形態。
多分外に魔水晶がいくつかいるはずだ。
それを俺が言う順に壊してくれ。
オフィーリアとジェラードは俺の補助として残る。
二人でポータルに魔力を供給してくれ。
俺がポータルを開けるから。」
5人が出てすぐに結界が薄れる。
残りの2人はそれぞれ魔法陣に手を出す。
しばらくして魔法陣が光ったら、ポータルに入った魔力を操作して…
『ゲート·オープン』
魔法陣が渦に変わる。
そして俺も倒れてしまう。
「クリスさん?!」
「お前、大丈夫か?!」
このくらいの魔力制御もちゃんとできないくらい弱くなってるんだな。
頭がぼうっとしてきた。
「大丈夫。ポータルは開いた。」
何気ないように立ち上がって出て行った5人を呼ぶ。
「もうここを通過したら本当の魔王の領域だから覚悟しろ。
二人組で転移する。
俺がポータルを制御するから心配しないで行け。」
先に出たのはジェラードとレイナで、性格らしいというか。
「先に行って道を作っておくから安心しろ。」
この言葉と共に2人が転移する。
次はブリンとデリック。
「早く来い」
短い言と一緒に転移する。
次はエリーゼとローレン。
「武運を」
二人が転移する。
残ったのはポータルを制御していた俺と心配になると言って俺の補助をしてくれたオフィーリア。
「じゃ、俺たちも行ってみようか。」
「ねえ、クリスさん…」
何か目を閉じて悩んでいたかと思うと、こう言う。
「錬金術が嫌いだといった理由、この戦いが終わってから聞かせてください。」
「なんだ、どうして?」
「なんだかそれがクリスさんのひねくれた性格の原因みたいで、今までのお礼にクリスさんの性格を直してあげようと思って。」
そして笑顔で話す。
「それもありますけど、ただ一緒に話したいので。」
そして、俺の答えとともにポータルが作動する。
「聞いて退屈だからって寝るな。」




