1-2 錬金術師
「クリスのやつは何しているんだ?」
「そうだな。先ちょっと見えて、すぐ消えてしまったんだ。」
「頼りないな。 信じてもいいのか?」
「別に期待はしない。そもそも情報も時間もすべてが足りないから。」
「ならさっきそんなことを言っちゃだめでしょ?」
「魔王の家の前庭でキャンプをするなんて、人類最初だよな? 運もいいね。」
夕ご飯の時間になって全員が集まったが、クリスの姿は見えない。
「ジェラード、君は何か知ってることない?」
レイナの質問に一言が返ってくる。
「1日だけ待ってくれって言われた。それだけだ。」
その時刻俺は近くの森をぶらぶら歩き回っている。
魔王がいる場所なので、もっと荒涼な場所だと想像したが、実際には、エルフの村ようなうっそうとした森が広がっていた。
とにかく幸運だ。 薬草もあり、きれいな水も得ることができる。
あとは俺が『錬金術』で組み合わせてポーションを作るだけ。
元々魔法使いとしてパーティーに参加したが、魔法関連でも俺の専門といえば断然「錬金術」だ。
事情があって今まではあまり使わなかったが、今回は違う。
使えるものは全部使う。
感傷にふけっている中に、誰かの気配が感じられる。
「あれ、確かこの辺でクリスさんの魔力を感じたのに?」
「オフィーリア、何でここにいるんだ?」
「アワーワッ、いきなり現れるから驚いたじゃないですか!」
「そもそもお前がアホじゃねか?
敵陣を一人で歩き回るなんて、隠れ魔法ぐらいは基本にしておけ。」
「意地悪い!夕ご飯持ってきたのに!」
「なら置いて行け。うるさいから。」
頬を膨らませ怒るオフィーリアを無視して作業に熱中する。
「この材料なら錬金術ですか?」
「まだ行ってなかった?」
「懐かしいですね。私も初めて魔法を習ったとき錬金術も少し習ったんですよ。
手伝いましょうか?」
「君の実力では無理だ。」
「うぅ…何でこんなに意地悪するんですか?」
このままでは切りがない。
いっそ説明してあげる方がいい。
「第一、これから作るものは俺のオリジナル組み合わせなのでミスは許されない。
君に助けてくれと言ったくてもできないということさ。
二つ目は錬金術の最後に魔力を吹き込んで加工する過程くらいは知ってるよな?
今から作るものに俺の魔力を全部吹き入れるつもりだ。
お前は聖職者だろ。
お前の魔力は最後の戦いのために取っておけよ。」
二つ目の理由を聞いてオフィーリアが驚く。
「魔力を使い切るのですか?!
魔王との戦いでどうするつもりでそんな無謀なことを?!」
「折れた刀は早く溶かして新しいものを作るのが一番合理的だ。
俺が戦えないなら、みんなが俺を守ってくれるように強くしてあげればいいじゃない?
まるで君のようにさ。」
「でも…」
「心配するな。死ぬつもりはない。
生き残るために作っているのだから。」
渋い顔をするオフィーリア。
けれども、すぐに首を横に振り、笑顔でたずねる。
「ところで錬金術ですね。
考えてみると特技とのことでしたが、いざ今まではほとんど使われなかったでしょう?
何か理由でもありましたか?」
「…悪い記憶があるんだよ。
あのこと以来、以前のように楽しくはできなかった。
だからといって情熱が完全に冷めたわけでもないが。」
「悪い記憶ですか…
ごめんなさい。余計な話しをしましたね。」
「気にするな。今回のことでまた良くなるかもしれないじゃねか。
みんなを守ってくれるポーションを作って無事に家に帰れば、どんな悪い記憶でも無くなるだろう。」
この言葉にオフィーリアも少しは安心したみたいに、表情が柔らかくなる。
そして、作業に熱中する姿を見て、これ以上いると邪魔になると思ったのか、席を立つ。
「私が考えても邪魔になるようですね。
それでは私は帰てみます。他の人たちが心配するから。」
「そう、俺のことは大丈夫だと伝えてくれ。」
「…クリスさん、もしかしてバシリスク討伐、覚えていますか?」
「いきなりなんだ? 当然覚えているぜ。
勇者パーティーが初めて出会ったS級モンスターだったから。」
「あの時のクリスさん、本当にすごかったですよ。
バシリスクが吐く毒は全て風魔法で散らして、最後の一撃まで見事に食べさせたでしょね。
私はあほみたいに毒のせいで気絶して、皆さんに迷惑だったのに…」
「そんなくだらないミスに気にするのはやめろ。
今, 君の前に役に立たないのでは1位の迷惑大王様がいるから」
「何ですか、急に優しいこと言ってくれるなんて。
やっぱり私がやられたって、錬金術で狂ったように解毒剤を作った方らしいですね。」
「……どんな奴が言ったんだ。」
「フフッ、とにかく私を救ったように今回もパーティみんなを救ってくれると信じています。
たとえこのような状況であっても…」
「心配しないでお前の準備だけちゃんとしておけ。」
「それでは行ってみます。 私の英雄様」
オフィーリアが去り、また俺一人だけが残った。
それじゃ、始めてみようか。
ひとまずさっき見ておいた洞窟に行く。
そして魔法の壁を展開すればモンスターは心配しなくてもいい。
錬金術は大きく三つの段階に分けられる。
材料の錠剤、調合、魔法付与。
まず原材料を加工して最適な材料にし、これを組み合わせてポーションを作り出す。
そして作ったものに魔法を与えて効果を強化する過程で、錬金術は完成だ。
しかし、これはあくまでも大きな過程に過ぎず、一つの過程にまたいくつかの細部過程が入るのが一般的だ。
「1日以内に全部か。
本当に倒れるかもしれないね。」
だが、魔法の実力さえあれば時間を大きく節約することができる。
材料の一つであるスズランを握って風魔法を詠む。
瞬く間にスズランは破られ、絞り上げられ、毒を吐き出し、これを移す。
息を整えて…
いいぞ、やってみようか。
引き続き他の材料もすべて手入れしていく。
「これくらいなら十分か。」
すぐ次の作業に入る。
火の魔法で水を蒸発させ、すぐに氷で冷やして純粋な水を得る。
これと共に木も燃やして炭も得ておく。
材料と水を混ぜ、炭を通して不純物を濾す。
終わらないような下作業が続く。
………
「基本的な手入れは終わりか」
本来ならもっと効果を出すためには、スズランは乾かした方が良いし、水ももう一度蒸留させる方が良い。
他の材料も追加過程が必要だ。
手入れだけで朝日が昇っている。
今度ばかりは時間がない。無理をしないと。
収納魔法を使って大きな釜を取り出す。
その中に水を入れて火をつける。
ボネリ実を手にする。
「詠唱魔法まで使って錬金術するのは久しぶりだな。 」
この世界の魔法は無詠唱が普遍的だが、これはあくまで普遍的に多く使われる簡単な魔法の例で、
魔法が複雑で強力なほど、また、精密な調整が必要なほど、詠唱で制御する必要がある。
魔法を詠唱する。
『ソーラ・ーグローブ』
左手にまるで軟膏を塗るように薄い魔力が包み込まれる。
そして、ボネリ実に手を出すと…
ジジジジジジジジジジ
「ソーラーグローブ」は触る対象だけを直接超高熱を加えて燃やす魔法だが、威力を下げると燃やさずに乾燥させることも可能だ。
よく乾いた実を釜に入れる。
時間がないからといって中途半端な品質で完成することはできない。
ならば、材料の精製とともに組み合わせを並行する。
試すには魔力消耗も激しく、様々な魔法を同時に使うだけに非常に難しい。
そして始めたら最後までやるしかないし、途中で魔力が尽きたり制御に失敗すれば最初に戻る。
しかし、今度だけは全てつぎ込む覚悟を決めた。
「ふう…」
深呼吸をして、釜のなかをかき回して材料を混ぜ始める。
………
……………………
腕が痛くなってくる。
頭がくらくらする。
どれだけ時間が経ったか分からないまま混ぜ続けている。
何か過程に問題があったのかという恐怖が押し寄せる。
と思った瞬間、ポーションの色が上は透明に、下は赤色に変わり、水と油のように分かれる。
これでポーション自体は完成だ。
後は魔法付与だけすれば終わ…
安堵感が押し寄せて緊張がほぐれる。
ポーションを分けて詰め替えた途端、座り込んでしまった。
眠ることもできず、食べることもできず、魔力を消耗した。
精神的に限界が来る。
けれど、
「ふざけるな!泣き声でも、文句でも、だだをこねるな!
一旦全部完成させた後でやれ!
ここで止まれば、皆、死んでしまうぞ!
何かを守りたければまた立ち上がれ!」
自分自身を叱咤し、体を起こす。
薬を少しずつ取り分けて、再び魔力を整えて薬を握る。
「みんなを守ってくれ。」
体内の魔力がすべて抜けると共に、目の前が黒く染まった。




