1-1 葛藤の始まり
「クリスさん、シチューが冷めていますよ?」
「ああ…ごめん、オフィーリア。
ふと3年前のことを思い出してな。」
「あの頃ですか…
私には懐かしい日々ですがあなたには…」
「俺にとってもそんな日々だったよ。
ただ、人生最悪の日も混じっているけどさ…」
物語は上記の会話の3年前にさかのぼる。
『エイネル』
世界でたった一つの超大陸。
この大陸は再び住民によって2つに分かれた。
全世界の8割は魔界『ドレンテ』。
残り2割だけが人間の地『セフィエル』。
二つの世界間の交流はなく、お互いの世界で生きていく中で、問題は生まれた。
狭い土地の覇権と資源をめぐって生まれた欲。
そして闘い続ける戦争の時代が始まった。
奪い合い、傷つける日々が続ける中で世の中を脅かす新しい危険が現れた。
ある日,前兆もなく起こった魔王の部下を自称する魔物たちの人間界侵攻。
たった一日で人間界の都市『テベ』を占領し、すぐに撤退した事件。
侵攻そのものは、たった1日間で都市1つだけを侵攻し、被害も大きくなかった。
その日、失しなったのはテベに保管されていたとある宝物だけ。
しかし、何百年間、守られてきた魔界と人間界の間の平和が崩れたという事実は、人々を恐怖に陥れるには十分だった。
世界は由来のない脅威を前にして団結し、すべての戦争を休戦し、勇士パーティーを組織した。
そうして世界中で探し出した8人の救援者たち。
勇士、戦士、魔法使い、射手、シーフ、聖職者、ガンマン、ファイター。
この中から魔法使いとして 『俺』 『クリス ∙ レバント』も参加することになった。
こうして魔王討伐の旅路が始まった。
最初はいろいろな人が集まっただけに、いざこざすることも多かった。
性格、パーティーの貢献度、母国間の関係などで、正直に言って、魔王よりパーティー內の戦いで世界が滅亡するのが早いのではないかとも思った。
それでも時間と共に成長しながら、それとともに積み重ねた絆と一緒に勇士パーティーらしい姿になって行った。
俺も自負心と責任感を持っていた。
一日一日が輝いていた日々だった。
その日までには。
「俺、一体どうなったんだ…?」
伝説的なモンスター、バルログとの戦闘で勇者パーティーは勝利した。
と言えば言い間違いだ。
この戦いで俺は役に立たなかった。ただ逃げただけ。
「何があったんだ、クリス」
俺に聞く人はパーティーのリーダーであり武力と魔法と知略を兼ね備えた勇者の槍術師 『ジェラード·メール』。
「俺はちゃんと魔法を使った。詠唱、魔力量、使った魔法も高位の魔法で威力も完璧だった。」
「なら、なぜそんなにすごい魔法にあってもバルログが平気だったかな?」
話に割り込んだのはシーフの『ブリン·ベルファド』。
いつものように皮肉っぽく言う。
「俺もわからない。
今までこんなことがなかったことは君も知ってるだろ?」
「だからこう問ってるんだろ。
お前の魔法のすごさはよく知っている。
そして、バルログは強力だったが、お前の魔法が通じないほど強い力を持ってはいなかった。」
「分かってるんだ!
だからこうやって悩んでいるんだろ?!」
「魔法使いであり本人のお前が知らないなら誰がわかるんだ?!
魔王にあと少しだ!ミスは許されない!」
結局、その日は結論を出せないまま冒険を再開したが、その後もたまに魔法が通じない敵に会い、その度に俺に対する信頼は落ちていった。
そして魔王の居所にたどり着いてやっと理由を少しでも知ることができた。
「モンスターの魔法防御力が異常に高いです。」
これを発見したのは聖職者の『オフィーリア·ネビュラ』。
通常、オフィーリアは聖職者なのでバフとデバフの解除とヒーリングが主な任務だ。
だからといって戦闘ができないわけではないので、小物たちの処理には力を足す。
「私でも普通のゴブリンくらいなら簡単な魔法で一気に倒せますよ。
ところが今のゴブリンたちは高位魔法にもやすく倒れませんでした。
このような最下級モンスターの魔法防御力がこの程度なら、前回のバルログ級モンスターは魔法に対しては無敵でしょう。」
「ゴブリンがここまでの力を持ってるなんて、一体どういうことだ?」
「ゴブリンだけじゃないだろ。この間のバルログから始めて何度も見てきたじゃないか。」
「これからもまだこんな奴らが残っているの?」
パーティーが動揺している。
それもそうであることが、魔王にこれから一歩なのに、このような事態が発生し、すぐ原因が分かって対策が出るわけでもない。
俺もまだ確実なことはよく分からない。
ただ思い当たることが一つあるなら…
「 『魔王がモンスターたちにバフをかけた』 だろう。
ゴブリンがあれだけの魔法防御力を持つならレジェンド級以上の装備があったり、俺たちの想像を超える級のバフをかけることができるかだ。
装備がそうではないはずだからバフ以外はない。
そして、このくらいのバフをかけるのができる存在は、魔王以外はありえない。」
冷静に分析したように言ったが、体は震えている。
戦士の『レイナ·ロックベルト』が口を開いた。
「少なくともゴブリンさえこのように作れる力を持っているということか。
魔王本人の魔法能力がどれくらいか想像できないね。」
しかし、俺の体が震える理由は上記の理由だけではなかった。
魔王の力に対しては今まで覚悟していたから。
その言葉だけは出ないように祈った。
しかし、現実は残酷だ。
誰かが口を開いた。
「ということはつまり『クリス』は魔王との戦闘で役に立たないってことか?」
絶望が俺を襲う。
反論したいが、何も言えい。
魔法に対する自信もあり、ふさわしい実力もある。
だがこういうバフをゴブリンにもかけられるのができるなら、魔王は「格」が違う。
何かできるって思えない。
震えている俺を見るパーティーの目から光が消える。
直感が言う。
「俺はもう勇者パーティーじゃない」と。
「それではどうするの?対策を探すために退却?」
射手『エリゼ·フェブリ』が言う。
「ここまで来て逃げるなんて、本気で言ってるのか?!」
ガンマンの『デレク·フォスター』が言う。
「今すぐ魔王と戦いたくのはないが、逃げても対策が確かに出るわけでもないじゃないか。」
ファイターの『ロレン·ブラン』が言う。
進撃と退却で口論が起こっているが、一人も俺に意見を聞かない。
誰も俺にもう頼らない。
過去に味わった、二度と味わいたくない極限の孤独だ。
つらい…
「闘えるのですか、 クリスさん」
幻聴だと思った。そしてオフィーリアが俺の前に立った。
「あなたについての問題、あなたが責任を持って決めてください。」
みんなの目が俺に集まる。
「俺…俺は」
争いたくない、怖いって言えよと頭の中が響いている。
またここで引き下がったら二度と戻れない道を行くことも知っている。
「俺は逃げた…」
話が終わる前にオフィーリアと目が合う。
その瞬間、すべての事故が止まり、眺めるしかなかった。
この目…
ほかの人たちとは違う光を込めた目。
信じているからこそ輝いている目だ。
そして、気がつく前に、すでに口は動いていた。
「俺は逃げたくない。」
全員が静かになった時、オフィーリアが口を開く。
「だそうです。 反対する方いますか?」
沈黙が続く。
「決まったんですね。このまま魔王のところに行くのです。」
今度はジェラードが口を開く。
「事がこうなったのだから仕方ないか。
ここで完璧に回復した後で魔王のもとへ行く」
パーティーが複雑な表情になったまま散らばる。
そして、すぐにオフィリアがその場に座り込でしまう。
「やっぱりこんな事には不慣れですね。
二度としたくないよ、本当に。」
そして俺を見ながら笑いながら言う。
「私がここまでやったんですからちゃんと答えてください。
それでは今日は私もこの辺で。」
よろめているオフィーリアをジェラードが支えながら、振り返らずにつぶやいた。
「たのむ。」
2人が去ったあとにもしばらく呆然と立っていた。
結局やめられなかった。
もうやるしかないという覚悟をしなければならない。
しかし、「どうやって」という質問に、頭が痛くなる。
魔法は通じない。 バフやヒールは可能だが、オフィーリアほど上手ではない。
ほんの下位互換に過ぎない。
物理攻撃は、俺がやったって通じるはずがない。
「…それをやるしかない。」
使ってきたものが何も通じなくなったら使わなかったものを使ってみるしかない。
そして俺も足を運ぶ。




