プロローグ
王国コビドン。
国の宰相ハリスは深刻な状況だ。
「こんなことになれるとは…」
隣国との戦争で国はますます疲弊していった。
だからといって、戦争を終わらせるには、これまでつぎ込んで失ったものがあまりにも多い。
また、戦争を主張してきた自分の立場が危うくなる。
引けない状況。
このような状況で、ある商会から提議が入った。
莫大な軍資金をとんでもなく安い利子で貸してあげるというあまりにも耳寄りな提案。
疑わしいが,拒否するにはあまりにも切迫した状況だった。
また、提示された金があれば、戦争に勝てると確信できる金額だった。
その条件として彼らが望んだのはたった2つ。
「小さな担保を一つもらうことにしましょう。
この白紙に御璽を刻んでください。
そして満期日は正確に守ってください。」
満期日の遵守は理解できる。
問題は他の条件だ。
つまり、白紙に文章を書けば、王の命令になるのである。
危険なのは確かだ。
しかし、その危険のリスクを超える金を彼らは提示した。
そして、契約は成立した。
そうして得た金で補給を増やし、兵士を徴発し、傭兵と志願軍を募集し、実力ある指揮官を登用した。
勝つべき戦争だった。
なのに。
敵国が倒れない。
いくら攻めても、優勢な状況を最後まで続けない。
聞くところによると、敵国に高級なポーションが供給されているという噂がある。
「それほど実力のある錬金術師をどうやって見つけたんだ?
この世でそれほどの錬金術師が残っているはずが···」
「ハリス様、お手紙がまいりました。」
ハリスは唾を飲み込む。
手紙を開けてみる。
「今日が満期日なんですね。
下記の場所にお金をお持ちくださいますようお願い致します。」
これが深刻だった理由だ。
戦争に勝っていれば何とかして返せる金だった。
だか、今の状況ではどうしても何をやっても返せない金だ。
「兵士たちを待機させろ。そして護衛隊長も。」
こうなった以上、あいつらを…
彼らが呼び出したのは王都の外郭にあるある山。
特別なものがないので、人通りも少ないところだ。
幸運だ。
ここなら誰にもばれないことができる。
兵士を連れてきたのがばれないように、近くからゆっくり上がってくるようにする。
そして、話で時間を引きずりながら逃げられないようにする。
兵士たちが全員上がってくると包囲して虐殺する。
準備を終えて、小人数だけを帯同して山を登ると、頂上で彼らが待っている。
「いらしたんですね。」
5人の男女。
先日提案した、商会の代表がハリスに近付く。
「久しぶりだな、ハインズ。」
男の名前はハインズ。
天パの髪型に青い目をした青年だ。
「ええ, 本当に久しぶりですね。また、お金を貯めるには十分な時間ですよね?」
何も隠すことなくすぐに借金の話を持ち出してくる。
ハリスはあわてるが,すぐに平常心を取り戻す。
「…君だってわかるほど、戦況がよくない。
もうちょっと待ってくれないか?」
ハリスも隠すことなく言う。
「それは困りますね。私が掲げた条件の中の一つが何だったか忘れましたか?
たしかに満期日をきちんと守るのが条件ではなかったんですか?」
ゆっくりハリスを圧迫するように話す。
「むしろこちらからもう一度頼むよ。
もう一度だけお金を貸してくれないか?
戦争に勝てば、全部返せる。
利子も元の契約よりもっと多く支払うから。」
「…お金を返す期限さえ守れなかったのに利子の話は信じろと言うのですか。信用のある状況で提案しても足りないな話を、こんな状況でいうなんて…
申し訳ありませんが、それは不可能です」
ハインズは当たり前のように断る。
この言葉にハリスも気持ちを固めた。
やっぱりこいつらはここで殺そう。
そんなことを考えるハリスの表情を見て、ハインズも一言加える。
「結局、私に借金を返せなかったんですね。それでは約束通り、担保は私のものです。」
ハインズの言葉とともに爆音が響く。
「何の音だ?!」
戸惑うハリス。
「ああ、大したことではないんです。ここにいるルメナが設置した時限魔法陣です。落石で登山路を塞るために作ってみました。
兵士たちが上がってくる前に爆発したので、死傷者はいないので安心してください。」
「何だと?!それをどうやって?」
ハインツが場でゆっくり立ち上がる。
大金をなくしたにもかかわらず、うれしくてしかたがない表情だ。
「さあ、あなたも私たちを殺すために兵士を連れてきたのだから公平にいくようにしましょう。取引は公平でなければなりませんから。」
そして告げる。
「あなたが私たちを殺そうとしているように、今からあなたを殺します。」
近づくハインズ。
後ずさりするハリス。
その二人の間に図体のいい護衛隊長が割り込む。
「生意気な奴、勝手にしゃべってあがって!」
「どいてくれる?ざこには関心ない。」
護衛隊長が出てくると、ハリスはほっとしたように笑い出す。
ハリスは護衛隊長に言う。
「こうなった以上、お前が全部殺してしまえ!
あんな商人の端くれなんて、お前にはかなわない!」
護衛隊長はA級の冒険者の資格を持つ男だ。
並みの人間の勝てない相手。
そうはずだ。
だからはばかりなく剣を抜いて飛びかかった。
『オストラシズ』
たった一度の魔法の詠唱。
ハインツを真っ二つにするべきの剣が、ハインツの目の前で止まった。
護衛隊長の表情から全力を尽っていることが感じられるが、剣は進まない。
むしろ護衛隊長が後ろに押し出されている。
「何に?!」
狼狽する護衛隊長。
抵抗してみるが、崖っぷちを向かって押し出されるだけだ。
これを見ながら何気なく言うハインズ。
「オフィーリア、あの護衛隊長に防御力バフをかけてあげろ。なら死にはしないだろう。」
結局力比べをあきらめて逃げようとするが、横にも後ろにも見えない壁が立ちはだかっている。
あわてている間も壁に押されて、すでにがけの端に立っている。
その時になって壁を殴ってみて、あがくが無駄なことだ。
「邪魔しないで休んでいろよ。」
その言葉とともに護衛隊長の姿が消え、悲鳴だけが聞こえる。
数秒もしないうちにその悲鳴さえ消えた。
「お前、お前ら…!一体正体が何だ?!」
コビドン内でも指折りの力を持つ護衛隊長。
そんな男に一介の商人が、こんなに一方的に勝てるわけが…
「ははっ、こんなに会う前からの知り合いなのに、さびしいな。
声と顔を少し変えただけで気づかないのか?」
愉快そうにハインズが笑っている。
「なんだと?!私がいつ貴様を…?」
確か、ハリスの記憶にはこんな男と会った覚えはない。
なら一体…
「ではショーの閉幕を始めようか。
幻影魔法解除。」
ハインズの顔が変わり始める。
最初は揺れ動く顔に驚くハリスだが、変わりゆく顔を見てさらに驚いてしまう。
「その…その顔はまさか!?」
「お久しぶりですね、ハリス宰相。過去に国家間の協議で会った以後に二回目ですね。」
「クリス·レヴァント…?!」
クリス·レヴァント。
コビドン近隣国家の弱小国カラゼンの滅亡を阻止してきた天才魔法使いであり、
3年前勇者パーティーに参戦して魔王との戦いで、
亡きものとして知られた男。
「お前…お前がどうして?!」
「まあ、それは知らなくても大丈夫です。
でも、昔あなたが送った刺客の話ならそのために来たのではないのだから心配しないでください。
全く私的な感情がないのではないですけど。」
「それをどうやって?!」
「とにかくこれから処刑式を執り行います。みんな拍手!」
拍手しながら近づくクリス。
本能的にハリスは後ずさりする。
「やめろ!」
あがくように叫ぶハリスだが、クリスの足取りは止まらない。
「来るな…来るな!」
逃げようと後ろに回ったとたん、表情が絶望に変わる。
クリスの後ろに立っていた男と女は明らかに自分の前に立っている。
「エリゼ、ブリン。お前たち二人とも前に出る必要はないじゃないか。一人で十分だと思うけど。」
「一人立っていると中途半端に希望を与えるようになるんだ。若しかしてあいつさえやつければ逃げられるという」
クリスの言葉に女性の方が答える。
残酷なのか、優しいのか、わからないことを言う女。
ハリスが振り返ってみると,クリスはもう目の前にいた。
驚いてはその場で座り込んでしまう。
こんな状況になって、ハリスが選んだのは…
「殺してみろ!貴様らが一国の宰相を殺しても無事ですむと思うか!?」
脅迫だ。
この言葉に何も言わずに手を差し伸べるクリス。
「はっ!静かになったな。 だから···ふうっ!」
そのままハリスの首を締める。
そして、笑うような声で話を続ける。
「さあ、俺がこの白紙の王命書に書く内容を言ってあげる。
この時間付で宰相ハリス·ギルフォードを戦争の責任を負った罪人として罷免し、死刑に処する。」
死刑という言葉にもがくハリス。
しかし、依然として動けない。
「もうあんたの方の王様にも許しを得たんだから。後でこの王命書を王都に掲示するつもりよ。
言いたいことがあるように見えるから聞いてみようか。」
首を締める力がゆるむ。
そのまま地面に倒れるハリス。
「それは何の…陛下が、そんなはずが···」
「王とも取引をしたんだ。戦争を止めてあげると。」
「何だって…?」
「あんたに貸したその莫大なお金の出所が気にならない?
俺が敵国のラピスでポーションを売って得たお金が半分くらいになるよ。」
「?!?!」
「俺がカラゼンの守護神と呼ばれた理由をあんたは覚えているだろ?
世の中に残り少ない高級ポーションを作ることができる錬金術師の中でも最高の実力を持っていた俺。
それを売れば収益がなかなかでさ。そのお金をあんたに貸してあげたんだ。」
今になってすべてのパズルが組み合わさる。
しかしあまりにも遅く分かってしまった。
「でもラピスもこのことを知らないよ。なら逆利用すればいいんだ。
俺がポーションを売らなければ、すぐに戦勢が傾くと思うはず。なぜなら俺がずっとお金を出していると思うから。もちろんあげているのが俺ということも知らないけど。
そうなればラピスも戦争に消極的になるだろう。双方が戦争に消極的になれば休戦のチャンスになるわけだ。
この状況で必要なのがあんたの首だ。戦争を続けるようにしたあんたの首を切るなら、ラピスでも本気を信じてくれるだろう。」
再びハリスの首をつかむ。
もう声が出ない。
体から力が抜ける。
「実は、兵士さえ連れてこなかったら殺さないつもりだった。
この王命書の内容に罷免だけを書くつもりだった。
まだ人間の心が残っていると信じてチャンスを与えようとしたの。
しかし、見事にチャンスを捨ててしまった。」
目の前が真っ暗になる。
音がぼやける。
「ハリス、お前のせいで苦痛を受けた人々の恨みとお前の業報。」
何一つ感じられない。
「今、お前の命で全部返した。」
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「また泣いているの?」
女の子が近づいてくる。
俺の横に座る。
「ルメナ? からかうつもりならやめろ。そんな気分じゃない。」
「そんなに性格の悪いやつじゃないんだよ。雰囲気くらいは読むの。
また自責するのならやめなさいよ。
オフィーリアもお前のせいで、また落ち着かないっているから。」
「ごめん…」
涙をこらえる。
「俺のせいで激しくなった短い戦争の時間の中でも、死ななくてもいいはずの人々がたくさん死んでしまったんだ。
戦争を終わらせるための犠牲という言葉で覆えるものではない。
自分が望まない犠牲を犠牲と呼ぶことはできない。」
「でもそうしなかったらもっと多くの人が死んでいただろうね…」
ルメナが頭を撫でてくれる。
「強くなれ、君の持つ力よりもっと強く。」
慰めで、涙はすっかりとまった。
「そうだな、そのためにこのパーティー『リッチ&リッチ』を作ったんだから。」
憎悪と優しさがまぜた世の中への復讐と救援。
この話は俺『クリス·レヴァント』の話だ。