展開する関係
次の日、私はバイトが休みだった。
確かユウスケも休みだったはすだ。
私は珍しく早めに家に帰った。
彼に初めてのメールを打とうと考えていたからだ。
学校帰りにカフェにでも寄ってゆっくりしようかと思ったが、何だかソワソワしてそんな気になれなかった。
気が付いたら家に帰って部屋のベッドに寝転んでいた。
さあ、一体どんな内容を送ろうか。
今日は朝からずっとこのことばかり考えていた。
こんにちは。今日はお休みですか?
いや、違う…。何だか早速馴れ馴れしい感じだ。
初めてメールします。今日はバイトが休みなので家に帰ってきました
これも違う…。逆によそよそしい。しかも暇な女アピールだ。
マキです。昨日もらったサイト、早速やってみました
私は茶色のヒョウでしたよ
友達も知らなかったみたいでみんなで盛り上がりました
うん、これにしよう。
さんざん考えた末、結局いつもの会話のような内容になってしまった。
とりあえず送ろう。
決定ボタンを押すだけなのに、ものすごくドキドキした。
心臓の鼓動が激しくなっているのがよく分かった。
返事、来るかな…。
アキコは相手にされないと言っていた。
彼はメールが苦手なんだろうか…。
それとも彼女はいなくてもちゃんと好きな人がいるんだろうか。
色々考えていても仕方がない。
せっかく手に入れた連絡先。
精一杯できることはやろう、そう決めていた。
思い切って決定ボタンを押した。
送信しました
ほんの10秒ほどの間だったがメールひとつでこんなにドキドキしたことがあっただろうか。
テツジにメルアドを聞かれた時、マサシにメルアドを聞かれた時…。
今のような感情は沸かなかった。
今日はまた一つ前へ進めた、そう自分で自分を褒めた。
ただメールを送っただけ。
けれど私にとっては大きな出来事だった。
好きな人にメールを送れるだけで、こんなに嬉しいんだと実感した。
しばらくその余韻に浸っていたが、すぐに不安が襲ってきた。
返事、来るんだろうか…。
かれこれ30分が経とうとしていた。
当然、その間私は何もする気になれずベッドに寝転がったままボーっとしていた。
♪♪♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪…
急に携帯が鳴った。
ボーっとしていた私はあまりに驚いてビクンと反応してしまった。
明日、幼児体育なに持ってくんだったっけ??
学校の友達だった。
私はすぐ返信メールを作り送信しようとした時だった。
♪♪♪〜♪♪♪♪♪〜♪…
またメールがきた。
でも着信音が違う。
友達じゃない、まさか…。
お疲れさん。オレは今講義終わってこれから帰るとこです。
今日バイト休みやねん。黒じゃなくてよかったな。
ユウスケだった。
驚いたのと嬉しいのとで何だか冷や汗が出てくる気分だった。
早速返信しようかな…。
そう思ったがなぜかなかなか手が動かない。
そっか、大学に行ってたんだ。
今日は休み…これからどうするんだろう…。
休みの日のユウスケは何をしているのか、知らなかった。
そのことをまたネタに返信しようかと思ったが、今日はやめた。
講義お疲れさまでした。
私は4時くらいに終わったんで今日は家に帰ってます。
久々に犬の散歩にでも行こうかな〜
そう返信した。
10分ほど経ってメールが返ってきた。
犬飼っとんや。たまには散歩もえーな。
オレは友達んとこにでも行くわ。
夜更かししちゃだめですよ。楽しんできてくださいね
そう返した。
多分返事はないだろうなと思った。
案の定その後しばらく経っても携帯が鳴る気配はなかったので、私は犬の散歩に行った。
実家で飼っている犬は室内犬で散歩の必要はなかったが、たまには外を歩くのもいいかなと思い連れ出した。
ミニチュアピンシャーとチワワのmixで名前はベリー。
今年で4才になるオス犬だ。
散歩が大好きでハーネスを取り出すと飛び跳ねて喜ぶ。
そんなベリーは我が家のアイドルだ。
普段なら学校とバイトで疲れて散歩に行こうなんて気にはならなかった。
でも今日は気分がよかった。
ユウスケと初めてのメールができた。
たわいもない内容だったが、今の私にしてみればこれほど嬉しいことはなかった。
だから外に出てベリーと一緒に私も飛び跳ねたい、そんな気分だった。
次の日、私はユウスケと入り時間が同じだった。
昨日メールをしたことで何だか顔を合わせるだけなのに緊張していた。
いつものようにユウスケは静かに店に入ってきた。
先に来ていた私は何だか落ち着かず、休憩室の中をうろうろとしていた。
「お、お疲れ。寒いんか??」
ユウスケは歩き回っている私を見ていたらしい。
「え?!いや、確かに今日は寒いですね。」
「自分いっぺん1日の行動ビデオにでも撮ってもろたらどうや?
多分めっちゃおもろいことやってんで。」
「はっ?!どこがですか?いたってマジメに生活してるつもりなんですけど。」
「いや、普通一人で狭い部屋ん中歩き回るヤツおらんわ。
頭ん中おかしないっちゅうことだけはオレでも分かってるで。」
「いや、ちょっと考え事を…。」
「考えすぎてそのうち机にでもぶつかるんやって、気ぃつけや。」
「はい、どうも。」
そう言うとユウスケはタバコだけを机の上に置いて着替えをしに更衣室へ入った。
ユウスケにとっては昨日のメールなんて何の出来事でもなかったんだろう。
きっとそうだ、私はそんなことを考えながら相変わらず歩き回った。
やっぱり落ち着かない…ドキドキした。
その時だった。
ガターン!!!
私の足が置いてあった丸椅子にぶつかって倒れ、さらに机にぶつかった。
「いったぁー…。」
休憩室のドアが開いてチーフが顔を出した。
「ありゃ?お嬢さん大丈夫かな?大きな石でもあったかな?」
「あ、すいません。ちょっと足が引っかかって…。」
「どこ打った?跡残りそう?」
「いやー…足首打った感じですけどもしかしたら打ち身になるかも…。」
「あら〜嫁入り前の女の子が…。冷やしときぃね。」
「はい、ありがとうございます。」
「結構音響いてたからビックリしたんよ。店長も気にしてるみたいだから後で言っときーな。」
「はい、分かりました。」
「まぁまぁ血出てないから今日は大丈夫やわ。な。」
チーフはそのままキッチンへ戻っていった。
いつもホールのことまで気に掛けてくれる優しい人だ。
仕事もできてバイトの面倒見もいい。
学生だろうとなんだろうと同じように仕事を教えてくれた。
そんなチーフが私は好きだった。
「やっぱりやったな。」
そう後ろから声がした。
見ると着ているコック服がぐちゃぐちゃだ。
ボタンもはまっていないし、黄色のタイも手に持ったままだ。
ズボンは履いているものの、靴はスニーカーのままだった。
「あの、ユウスケさんめちゃめちゃな感じですよ。」
「そりゃそうやわ。あんなデカイ音してみ?誰だってビビるやん。
しかもさっきゆーたばっかしやん。ホンマビビったわ。」
「あ、私のせいで…すみません…。見ての通り、大丈夫です。」
「何か調子狂うわー。ま、何ともないならえーけど。ホンマ、怪我ないん??」
「あ、今んとこココが痛いだけなんで大丈夫です。」
「ココが痛いだけってそれ怪我ゆうんやないん?」
「いや、血出てないんで。チーフもそう言ってましたし。」
「まぁそうやけど…自分意外と強いな。」
「そうですか?だって自分で勝手にぶつかっただけですし。」
「ならえーけど。ほんま気ぃ付けや。事故とかしゃれにならんで。」
「ですね。考え事もホドホドにせんと…。」
「何考えとんか知らんけど考え過ぎはよくないで。」
「はい、あんまり考えないようにします…。」
ユウスケは一応心配してくれているんだろうか。
思いの外私を気に掛けてくれた。
何考えとんか知らんけど…ってあなたのことなんて言えない。
調子が狂うのは私の方だ。
ユウスケといると何だか自分が冷静でなくなるような気がした。
結局ユウスケは私と喋りながら服を直し、靴を変えてタバコを吸った。
その横顔を見ながら私はまた少し、彼のことが好きになった、そう感じた。
2回目の休憩。
私はアイスティーを持って休憩室へ入った。
すると同じようにユウスケが入ってきた。
「なぁ、足青なってんで。」
「へ?!あ…ほんまだ…痛い感じはあったけど。」
「気付いてなかったん?!デシャップの前通る時見えてん。」
「あーでも何か貼るわけにもいかないですよね…。」
バイトの制服はピンクのワンピースだった。
パンストを履いていたが足首にできた青アザは時間と共にくっきりと目立ってきていた。
「自分、どんくさいやろ?」
「いきなりですか??自分じゃ分かりませんよ。」
「何か痛々しいわ。よー冷やしーや。」
「まぁ時間が経てば治りますよ。」
「色んな意味でどんくさいんやろな。」
「どうゆう意味ですか?!」
「悪い意味やないんやで。むしろ良い意味で。その割によー考えるんやもんな。才能や、才能。」
「ユウスケさん、深いですねーいつも。」
「オレ?ひねくれもんなんやって、それだけや。」
「いや、私にしてみればよっぽど才能ありますよ。ホント。」
「何か自分と話してたら調子狂うねん。何でやろ…。」
「あ…私のせいで何か色々スミマセン…。」
「そうゆう意味やないんやで。今まであんまおらん人種やったから。」
「人種って私純日本人ですけど?!純岡山人ですけど?!」
「ごめんって。意味違うって。全部前向きにとらえとってや。」
「難しい…前向きにとらえるって…。」
「あーあんま考えさすんヤバいからあかんな。」
「あの…私って大丈夫ですか??」
「何ゆーとんの?!大丈夫やで。オレ変なヤツやったらイジったりせんから。」
「そーですか。じゃぁよかったです。」
「ホンマ、マジ何にも気にすることないで。」
「分かってますよ。変なヤツじゃないって思われてるならよかったです。」
何だか今日はユウスケの調子もおかしかった。
動揺していたのは私の方だったのに。
でも小さなアクシデントもこうやってユウスケとの距離を縮めるきっかけになって嬉しかった。
これで少しでも私のこと、気にしてくれるかな、そう願った。