ナオコの思惑
「マキさんって、彼氏いるんですか?」
ある日ナオコがそう話しかけてきた。
「どしたの?!急に。今いないよ。」
「そーなんだぁ。あたしもなんですよー。一緒一緒。」
ナオコは何がしたいのか。
ただそう思った。
「じゃぁ、マキさん今好きな人は?」
「今?どうだろ…。」
「いるっぽい感じです??彼氏いつからいないんですかぁ?」
今日のナオコは結構しつこい。
何か言いたげな感じだ。
「もう…結構長いこといないな…。」
「そーなんですか。じゃぁそろそろ新しい彼氏欲しくないです??」
私はナオコと話をつり合わせようと精一杯の見栄を張った。
彼氏が長い間いないのは本当だ。
だから嘘じゃないか…と思い込もうとした。
背伸びしようとする自分が少し嫌だった。
「実はー私の知り合いで今彼女探してる人がいてー。マキさんどうかなってずっと考えてたんですよー。」
「えっっ??いきなり?!何かと思ったら。」
そうか。このことが言いたかったのか。
ようやく話の流れが分かってきた。
にしてもナオコの男友達か…なんだか軽そう…と勝手に想像した。
「マキさん会うだけ会ってみません??もちろんあたしも一緒なんで安心ですよ。」
ナオコは勝手に話を進め始めていく。
「あーいやー。あんまそういうの今までないけんなぁ…。」
「全然大丈夫ですよ。マキさんより1コ上の人です。青江店の契約社員なんですよ。」
「てゆーか、何であたしなん??」
やっと言えた。
これを言うタイミングを探していたのだ。
「えー?!なんか、その人が言う好きなタイプがマキさん的な感じの人なんですよ。だからです。」
「そんなことないでしょ。ナオコさんの友達他にもいっぱいいるっしょー。」
「そんなことないんですよー。結構みんな彼氏いたりするし、そうゆう子ホント今いなくてー。」
そういう子??
私はそんな子だ。
気が乗らない。
何を言われても気が乗らない。
ナオコは何を思ったかやたらと私をその人に紹介したがっている。
今の状況は、会ったこともないオトコが私のことをタイプと言われているのと同じだ。
何か無理矢理感が漂っている。
ナオコは何がしたいのか。
「あたし結構人見知りするんよ。だから紹介とかあんま気が乗らんくてさ。」
「そうですかー。じゃぁ難しいですかね。」
「何かごめんね、せっかく話持ってきてくれたのに。」
「全然、こっちこそ強引にすいません。でもまたゴハンでも行きましょうよ。」
「うん。いいよ。行こ行こ。」
「わーい、マキさんとゆっくり話したかったんですよー。絶対ですよ。」
「うん、じゃぁ近いうちにね。」
そう言って話は終わった。
にしても一体何だったのか。
正直紹介はあまり好きじゃない。
自分で出会って自分で好きになりたい、そんな理想があったからだ。
紹介も一つの出会いだ。
分かっている。
でも今の自分には必要なかった。
それが分かっていたから余計に気が乗らなかった。
数日後、喫煙席の角に座った男性客とナオコが親しそうに話していた。
私は特に気にもせずいつも通り働いた。
するとその席の男がすいませんと私を呼んだ。
「あの、どこかで会った気がするんですけど気のせいですか??」
今時そんなこと言う人いるんだ、とただ驚いた。
「あの、多分会ったことないと思いますけど…。」
「そーかなぁ、中学校ドコ??」
「香大中です。」
答えなくてもいいのについ話に乗ってしまった。
「やっぱり。オレも。一緒。どっかで見た気がしたんよ。」
「すいません、私覚えがなくて…。」
「全然。マサシと言います。よろしくマキちゃん。」
「あ、どうも。それでは…。」
私は足早に元の仕事に戻った。
するとナオコが寄ってきた。
「あの人マサシっていうんです。うちの会社の人なんですよ。」
「そーなんだ。何か中学校同じとかっていきなり言われたよ。」
「えー?!そーなんですか??確かマキさんとは学年1コ違うんじゃないですかね。」
「あたしさ、全然見覚えないんだけど。」
「あー、アイツ人の顔結構よく覚えてるよ。ノリもいいし面白いよ。」
なぜかナオコは彼のことを話している。
特に私は聞いてない。
にしてもナオコはいつ会社の人と知り合っているんだろうか。
この間も誰かを私に紹介しようとしてきた。
「1コ違いには見えんかった。もうちょい上かと思ったわ。」
「あぁーマキさん、それマサシに言っちゃおーっと。」
「もーもーやめてよ。勘弁してよ。」
と言いながら何か納得がいかないままだった。
そのわだかまりが解けたのはそれからすぐ後のことだった。
「マキさーん、次の休み同じじゃないですか?約束のゴハン行きません??」
ナオコが誘ってきた。
「うん、いいよ。どこ行く??車出そっか?」
「じゃぁとりあえず、店の駐車場で待ち合わせにしません??」
「いいよ。それから決めるか。」
「はーい、じゃぁまたその時に。」
すんなり決まった予定だった。
約束の日、店の駐車場で私はナオコを待っていた。
待ち合わせ時間を少し過ぎた時、1台の白い車が入ってきた。
フォルクスワーゲンのゴルフだ。
しかも左ハンドル。
助手席にはナオコが乗っていた。
「マキさーん、お待たせでーす。乗ってくださーい。」
「えっっ??乗るん??」
一瞬戸惑った。
運転している人の顔を見る間もなくいきなり乗れと言われても…。
しかし一緒にいる男は誰なのか、サングラスをかけていて分からない。
ただのアシなんかな…と思いながらおそるおそるドアを開けた。
「どーもーマキちゃん、ごぶさたー。」
何か聞いたことある声、見たことある人。
「あ…どうも。」
マサシだ。
こないだのマサシだった。
そこで一気につながった。
ナオコが紹介したいと言っていた人はマサシだった。
私が断ったもんだからナオコはマサシに店に来るよう言ったのだ。
ある程度の情報を流しておいて。
「ナオコさん、聞いてないんだけど。」
「だってーマキさんこうでもしないと会ってくれなかったでしょ??」
「にしてもさぁ…。」
「もーもー細かいことは言わないで。今日は楽しくやりましょうよー。ねーマサシ。」
「ごめんね、今日はオレが頼んだんだ。」
「いや、謝らなくてもいいですけど。」
「じゃぁ今日は3人で仲良く楽しくいきましょーかねー。」
なかば強引に妙な3人の食事会が始まった。
ドライブも兼ねて倉敷まで行った。
店は普通のイタリアンで終始マサシとナオコが場を盛り上げた。
「ねー、マキさん、キレイでしょ。」
「うーん、聞いてたとおり。」
「マキさんも今彼氏いないんですよね??」
「うん…。」
「マキさんお店では髪おだんごにしてるけど、いつもはおろしてるんですか??」
「うん。だいたいね。」
「うーん、おろした方がカワイイかも。」
「それはどうも…ありがとうございます。」
「もーマキさん緊張してないです??」
「いや、今日は何の会なんかなって思って。」
空気なんて読まなくていいと思っていた。
正直その場から早く帰りたかった。
いきなりマサシとナオコが現れて車に乗せられて。
何かと思ったらどう考えても無理矢理私とマサシをどうにかしたがっている。
それはマサシの意志なのか。
それともナオコの意志なのか。
どっちにしてもそんなやり方が気にくわなかった。
「今日はマサシとマキさんが知り合う会です。」
「私、こないだ断ったよね??」
「だって、マキさんがいいと思ったんですもん。」
「正直オレは結構イイ感じだよ。マキちゃんさえよければまた会いたいと思うし。」
3人の言葉はそれぞれ別々の方向へ飛んでいた。
私の中で今はユウスケのことしか興味がなかった。
こんなことしている場合じゃない。
ナオコはそんな私の気持ちに気付いているのか。
ひょっとしたらナオコはユウスケから私を遠ざけるためにマサシを紹介したのか。
そんなことする必要があるんだろうか…。
頭の中ではそんなことばかりが巡っていた。
マサシの気持ちなんてどうでもよかった。
こんな状況が余計に彼への思いを再確認させていた。
ナオコの思惑は私の想像かもしれなかったが、結局逆効果だ。
その日はそのまま3人でゴハンを食べて帰ることになった。
帰りの道、ナオコが途中で降りると言い出した。
「あたし、この近くなんで、もうこの辺でいいよ。」
「ほんまか??家まで送るで。」
「いーのいーの。うち、あそこ入ってすぐだから。」
そう言ってナオコは家の近くだという道沿いで車を降りた。
最後までナオコは諦めなかったらしい。
恋のライバルとしても強敵になりそうだ。
正直、年上の男と二人きりで車に乗るのは初めてだった。
ナオコが降りた後、なぜかマサシは店とは別の方向に車を走らせた。
「ねー、もうちょっとドライブしてかない??」
断る理由が見つからなかった。
今日は彼のおごりだったし、車も出してもらったことになる。
「少しなら、大丈夫です。」
そう答えた。
マサシは国道をそれて郊外へ向かって行った。
「なんだか、今日はごめんね。気悪くしてない??」
「いや、そんなことは…。」
「マキちゃん、人見知りする方でしょ??」
「はい…まぁ…。」
「まぁ、少しずつ話せていけたらオレはいいと思ってるし、また今度はゆっくりどっか行こうよ。」
なんかまた勝手に話が展開していっている。
マサシと今こうやって二人きりで車に乗っているが、ドキドキもワクワクもしなかった。
マサシは自分の身の上話的なことを喋っていた。
そのほとんどに私はうなずくだけで会話のキャッチボールどころではなかった。
おそらく思ったほど悪い人ではない印象だ。
ナオコに強引に紹介され最初のイメージや想像が先行していたせいもあったんだろう。
しかし、それ以上の感情や興味はやはり沸いてこない。
ユウスケと話す時みたいに。
そんな私の表情や空気に気付いたのか、マサシは30分ほど車を走らせた後、そのまま店まで送ってくれた。
「今日は楽しかったよ。ほんとはもうちょっと話したかったけど。」
「こっちこそ、何だか空気乱してすいません。」
「正直ね、ナオコちゃんから紹介の話を聞いた時、オレあんまり乗り気じゃなかったんだ。」
あれ??何かおかしい展開だ。
「あの、マサシさんが頼んだんじゃないんですか??紹介のこと。」
「いやいや、頼んだのは今日のこと。こないだ店に行って初めてマキちゃんに会って、また会う気になった。」
「私は…ナオコさんに彼女欲しがってる友達がいるからどうかって言われて…。」
「なに??ナオコちゃんそんなんゆーてたん?!」
「はい、その人が好きなタイプが私に似たような感じだからどうしても…みたいな感じで…だから…。」
「それで今日あんな顔してたんだ。なるほどねー。」
「ごめんなさい、私ずっと紹介はいいって断ってて…だから今日も…。」
「分かった分かった。別に謝らなくていいし。てかじゃぁオレのイメージ最悪??」
「いや…最悪ってわけじゃぁないですけど…。」
「そっかぁー軽そうに見えたかな。」
「まぁそんな感じです。」
「正直じゃなぁマキちゃん。おもしろ。」
「・・・・・。」
また意外な展開だった。
ナオコはマサシから頼まれて紹介話を進めていたと思っていた。
しかし実際は、ナオコ自身がすべて計画したことだった。
当のマサシも私もナオコの思惑にすっかりハマってしまったようだ。
「ナオコちゃん、マキちゃんがうらやましいんかもな。」
「えっっ?!何でですか??」
「こないだ店に行った時に思った。マキちゃんの接客は店長も褒めてるんだよ。
動き方とか、タイミングとか、あとやっぱり笑顔だわ。」
「店長が??いつもナオコさんの方に寄ってってるイメージありますけど。」
「だから、逆だって。店長はマキちゃんのこと信用してるんだよ。
一人で任せてても大丈夫だって。」
「そうなんですかね。私まだまだ失敗とかしますし…。」
「そうやってちゃんと考えてるバイトの子って少ないんよ。
ちょうどナオコちゃんにマキちゃんの話聞いた直後くらいにそこの店長がうちの店に来てな。
マキちゃんのことゆーてたんよ。だから1回店に行って確かめてみようと思ってな。」
「そうだったんですか…。」
「こんなこと言うの恥ずかしいけど、オレが思ってた以上だった。」
「何がです??」
「いや、だから…何て言うか…全部??」
「どういうことですか??」
「この際だから言っちゃうけど、接客の感じも良かったし、何より思ってた何倍もかわいかったんよ。」
「・・・・・。」
「あ…だからってどうこうとかじゃなくってさ。
だからもう1回ちゃんと会って話してみたくてナオコちゃんに頼んだんよね。」
「あの…実は…私…。」
「あー何となく言わなくても分かるから。」
「いや…こういうことは最初にちゃんと言っとかないと…。」
「ねーねー、じゃぁ今日の記念に電話だけ交換してくんない??」
「あ…まぁ交換くらいなら。」
マサシは私が言おうとしたか本当に分かったのか。
急に話をすり替えて電話番号とメルアドを聞いてきた。
「マキちゃん、今彼氏はいないんだよね??」
「はい、まぁ。」
「じゃぁいいや。今日一番聞きたかったのはそれだから。」
「マサシさんは彼女いないんですか??」
「いるわけないじゃん。やっぱりオレ軽い男っぽい感じ??」
「いや、そこまで思ってはないですけど…。」
「半年くらい前に別れたんよ。それからおらんでー。」
「半年か…。」
「何??マキちゃんはもう長いこといないの??」
「まぁ…そうです…。」
「そっか。でも好きな人くらいはいたりして。」
「いや…まぁいいじゃないですか。」
「ま、いいや。番号聞けたし。また連絡するな。」
そう言って私たちは別れた。
今日は一体何だったのか。
そればかり考えていた。
ナオコはなぜ私がうらやましいのか。
何でマサシはそんなことを言ったのか。
そもそもナオコはなぜそこまでしてマサシと私を引き合わせようとしたのか。
色んなことが分からなかった。
私からしてみると、自分よりも全然恋愛経験が豊富で積極的なナオコが正直うらやましいと思うことがあった。
人見知りもせず、誰にでも愛想よく話しかけている姿を見るたび、自分と比べたりした。
そんなナオコが私のことをうらやましがるだろうか…。
私にそんなところがあるんだろうか…。
自分で探してみても当然見つからない。
ただ店長が私のことを知らないところで褒めてくれていたということを知ってとても嬉しかった。
いつも店長はナオコやアユミ達と一緒に話をしていることが多く、私は放任されていると思い込んでいたからだ。
私は勝手に自分は可愛がられていないんだと思っていた。
自分でも思い込みが激しい部分があるということに自覚はある。
それから色んなことを深く考えるところもある。
そんな自分が分からなくて悩んでいた時期もあった。
しかし高校を卒業してからは、比較的自由にいろんなことをしたりこうやってバイトをするようになって多くの人と触れ合う機会が増えた。
そうすると、いろんな世界が広がって、世の中の見え方や考え方が変わってきたような気がする。
まだ大人になれない面はたくさんあるけれど、少しずつ前へ進んでいけるような感じがしていた。
バイトのやりがいも感じていた。
ナオコの行動は相変わらず納得がいかなかったが、なんだかそのことは気にならなかった。
マサシに対しては、いい友達にでもなれたらという程度の感情だった。
そんな出会いもあるんだ、となぜが人事のようだった。