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19才  作者: mame
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変わり始めた心

今日は少し寒い。

もうすっかり秋だ。

生活に変わりはなかった。


変わったことと言えば、念願の車が手に入った。

店長の好意で店に自分の駐車スペースを1台分もらった。

朝そこに車を停めて学校に行ってもいいと許しも得た。

帰りが遅くなっても寒くても気にならなくなった。


車はエメラルドグリーンで結構目立つ色だった。

色の希望より値段だったから文句は言えない。

けれど意外と乗り心地がよく燃費もよかった。


私は満足していた。

自分でお金を貯めて買った初めての大きな買い物。

維持費もあるからバイトは続けないといけない。



私はいつものようにバイトへ行った。

今日は比較的平穏だ。


店長から早めに休憩を取るように言われ、休憩室に入った。

誰もいない。

私はコンビニで買っておいたおにぎりを食べながら雑誌を読んでいた。


10分ほど経った頃、



「1番いただきまーす。」



の声と共に休憩室のドアが開いた。


ユウスケが入ってきた。

手にはオムライスをもっている。

店では食事休憩のことを1番、食事無しの休憩を2番、トイレのことを3番という風に呼ぶ決まりがあった。


彼と休憩が重なるのはあのイカ焼きの日以来だ。

彼は私の向かいに座ってもくもくとオムライスをほおばっている。

よく見るとメニューのオムライスとちょっと違った。

そんなことを考えながらじっと見ていたら、彼が顔を上げた。



「メシ、食わへんのん?」



「あーいや…、なんか頼みづらくて。」



「何で?他の子とか忙しい時間にも平気で頼んできてんで。」



「あー…自分で作るんだったら平気なんですけど、いざ頼むとなるとちょっと気が引けて…。」



「ふーん。そんなん気にせんでもええのに。言うてくれたら作るで。腹減るやろ。」



「あー今日はコレ食べたんで。すいません。」



「謝ることないやん。」



「あっ、そっか。ありがとうございます。」



まともに会話をしたのは今日が初めてだった。

2月にバイトを初めて7ヶ月以上が経っていた。


他の女の子は比較的気にせず彼にもよく話しかけているようだ。

話しかけられれば彼も普通に受け答えをしていた。

ただ、何となくそっけない感じがするので高校生の中には恐いと言う子もいた。


彼が人見知りだということを知ったのはそれからまだ先の事だ。

同じく人見知りをする私も自分から彼に話しかけることはそうなかった。

だから今日、普通に会話ができたことに少し驚いた。

あの日以来のまともな会話だった。



「あのー、オムライスちょっと違うヤツなんですか?」



「これ?そうやねん。チーズ入れて作ってん。旨いで。」



「へぇーおいしそう。」



「言うてくれたら作るで。チーズ入りは内緒やけど。」



「じゃぁまた今度頼んでみよっかな。」



「えーで。でもチーフがおらん時にしてな。バレたら叱られるけん。」



「わかりました。楽しみー。」



何の違和感もない会話だった。


なんだ、彼全然話しにくくないんだ。


そう感じると同時に何だか少し嬉しかった。



それから偶然にも彼とはよく休憩が重なるようになった。

もう以前のように無言で過ごす時間はなくなっていった。

学校のこと、趣味のこと、いつしかそんなたわいもない会話を普通にできるようになっていた。


でも彼に今、彼女がいるのかどうか…それだけはずっと聞けずにいた。

話の流れで何となしに聞けばいいものを、どうしても聞くことができなかった。

そもそも彼は自分の生活についてはよく話をしてくれたが、肝心の自分自身のことについて話すことが少なかった。

みんなで話をしている時も率先して自分の意見を言ったりすることはない。

積極的に行動するタイプじゃないのかなと思えた。


話をするような仲になったとはいえ、彼は何となくまだ私との間に壁を作っているような感じがしていた。

だから余計にこれ以上踏み込んではいけないのかな、と自分に言い聞かせていた。


彼と少しずつ会話を交わすようになってからは、バイトへ行くのが何だか楽しくなった。

そのことに気付いたのは、ある日の出来事がきっかけだった。


入り時間が一緒だったことから、また少し話せる時間があるなと思ってバイトへ行った。

ところが時間になっても彼が来ない。

いつも必ず20分程前には来てタバコを一服してからキッチンへ入る。

いつも彼はセブンスターのカスタムライトを吸っていた。



「それ、カスタムライトの方ですか?」



「うん。そーやけど。よー知ってんな。タバコ吸うん?」



「いやいや。高校の時コンビニでバイトしてて。そこで覚えたんですよー。」



「そうなんや。ここ女の子も結構吸ってる子多いやん?オレ、タバコ吸う子苦手なんよ。」



「あー…確かに吸ってる子は多いかも。入ったばっかりの時、ちょっとビックリしたかな。」



「オレも吸い出したん最近なんやで。」



「あー、そうなんですか?意外。」



「意外てどうゆうことやねん。オレそんなに見える?」



「あっ、いやいや。そうゆう意味じゃなくて…。」



「まーえーけど。」



意外だなと思ったのは、もちろん最近タバコを吸い始めたということもあった。

でもそれより、タバコを吸う子が苦手とか、いつから吸ってるとか、そんな自分のことを自然に話してくれたことが意外だった。

だから私は彼と話をする機会が次いつやってくるのか、次いつ会えるのか、無意識のうちに考えるようになっていったのだ。

心の中のどこかで、彼のことをもう少し知りたい、そう感じるようになっていたから。


そんな時。

彼がいつも来る時間に来ない。

いつもの風景がない。

そう思った瞬間だった。



 あれ?なんでアタシ、こんなに気にしてんだろ…。



今日は何を話そうかな、休憩一緒になるかな、そんな事を考えながら店へ行っていた。


彼は今日休みだろうか?いや、シフト表には18時からになっている。



 何かあったのかな。今日は会えないのかな…。



そう思っていた矢先だった。

店のドアが開いて彼が走って入ってきた。

それから5分と経たないうちにコック服に着替えてチーフに頭を下げていた。



「すいません、チーフ。寝坊しました。時計見たら5時45分で…。」



「おーおー珍しいやん。お前が寝坊?遅刻?初めてやん。」



「ほんますんません。今日は閉店までやりますから。」



「えーよえーよ。まだ時間ちょっと過ぎただけやんか。それに今日こんな感じやし。

なぁー??そこのお嬢さん。」



チーフはデシャップ越しに見えた私に向かって声をかけてきた。



「え??あっ、はい。今日ヒマですよ。今ツーゲストだけですよ。」



聞き耳を立てていたことがバレたのか、はたまた、ただチーフは誰かに話を振ってその場を和ませて終わりにしようとしたのか…。

色んな憶測が私の中で飛び交った。

しかし、それよりも彼の姿が見えたことにホッとしている自分がいた。


やっぱり気になる。

彼がどこにいて、何をして、何を思っているのか。


…もっと知りたいな。


それが何でなのか、考えるまではまだたどり着かなかった。

ただそう感じていた。




休憩時間がきた。

客足が少し出てきたので、先に同僚のナオコが休憩に入った。

ナオコは半年くらい前から一緒に働いている1つ下のフリーターだ。

彼女は海外に行っていたと言い最近まで長期の休みを取っていた。


高校には行かず働いている子で、一見派手な女の子だった。

小柄で体型は少しポッチャリとしている。

しかしいつもメイクをバッチリと決め、香水の臭いを漂わせていた。


ナオコが急に変わった、というよりより一層派手になったのはその長期休暇から戻ってきた頃だった。


新しい彼氏でも出来たんだろうか。

ナオコの私生活は謎だった。


はっきりとした目鼻立ちのキレイな顔立ち。

年下とは思えないほど立ち振る舞いも落ち着いている。

自分とはタイプが違うと感じながらもナオコとはそつなく仲良くやっていた。



「ナオコさーん、休憩先行っていいよ。これからまたちょっと忙しくなると思うし。今のうち。」



「はーい、マキさんお先でーす。」



そう言うとナオコはキッチンに向かって行き、彼の担当であるコールメニューのサンドイッチを頼んでいた。



「ユースケさーん。クラブハウス作ってもらっていいですかぁ?」



「うん。いいで。でもちょっと待ってくれる?」



クラブハウスサンドはコールメニューの中でも一番手間と時間がかかる。

彼は明らかに今忙しそうだ。

そんなことをナオコは知ってか知らないでか。

何で私が先に休憩に行かせたのか、おそらく全く考えてはいなかったんだろう。


まぁ、まだ戻ってきて間もないし、仕方ないか。

そう思うことにした。

おそらくナオコ自身にも悪気はなかったんだろう。

その時はそれくらいしか思わなかった。



その日、私は0時までの勤務で彼は22時でアップだった。

彼に休憩はなく、アップした後で遅めの夕食をとっていた。

その時私は既に休憩を終えていたので今日はまったくのすれ違いだ。


なぜか今日は21時を過ぎても客足が途絶えない。

忙しいけれど、ナオコは21時までだったので店長は時間通りにアップさせた。

しかしナオコは着替えてもなかなか帰ろうとしない。

休憩室で時間をつぶしていた。


結局そのまま22時を迎え、夕食を食べているユースケと楽しそうに話をしているのが見えた。

当然その内容は聞こえなかったが、私は二人の姿が気になった。

話の内容もそうだが、なぜわざわざナオコは1時間以上も彼を待っていたのか。

たまたまなのか。

また色々考えていた。


時計を見ると23時が過ぎていた。

すっかり客足も落ち着いた頃、ナオコはようやく帰って行った。

彼はまだ残っている。

今度はチーフと話をしていた。


その時、店長に小休憩を取るように言われた。

やった、彼と話せるかも。

それしか考えていなかった。

しかし休憩室に入るともう彼はいなかった。


なーんだ。もう帰ったかな。


そう思ってジュースを飲んでいると、更衣室から彼が出てきた。

私は嬉しかったが平静を装いながら様子をうかがった。


すると彼は私の前に座り、タバコをふかし始めた。

これはチャンスだ。



「今日やってもーたわ。」



先に話し始めたのは彼だった。



「昨日友達と朝までサッカーのゲームしててん。

 そんでそのまま講義出て帰ってちょっと寝よ思うたら…。これやわ。」



「講義の時寝なかったんですか?」



「オレ、講義で寝るんは嫌やねん。講義来てまで寝るなら家で寝ろって思うんよ。」



「マジメなんですね。」



「ちゃうって。ひねくれてるだけやわ。」



「自分で言うんですね。」



「おー。にしても、焦ったわー。おかげてすっかり今目がさえてんねん。」



「だからって今日もオールしちゃダメですよ。」



「おー。そうするわー。」



さっきナオコと何を話したのか聞きたかった。

でも聞けない。

そのことばっかり考えていた。



「そーいや、あの最近戻ってきた子おるやん?あの子なんてったっけ?」



ん?!どういうことだ??

一瞬分からなかった。



「え??ナオコさんのことですか?」



「あーそうや。そのナオコって子や。さっき妙に話しかけられててんけど、誰やったかなーって思い出せんかってん。

でも聞けんやろ?失礼やし。」



心配して損した。

それだけだった。



「ナオコさん、なんて?」



「いやーあんま聞いてなかってん。悪いんやけど。一方的に自分のこと話してたんちゃう?」



「聞いてなかったんですか?!」



「いやいや、聞いとったで。」



「今あんま聞いてないって…。」



「まぁ、正直な。自分好きな子なんやね、あの子。こんなんくれたし。」



そう言いながら彼は1枚のプリクラを私に見せた。



「オレ、必要ないけんあげるわ。」



「えっ?!私がもらっても…。」



「オレがもらってももっと意味ないやん。こんなん撮ったり集めたりせんし。」



「はい、まぁ…。」



「やろ。まぁこの先は自分に任せるわ。好きにして。」



そう言って彼はナオコと友達が写ったプリクラを私に渡して帰って行った。

縦長の大きいサイズ。

ミニスカートを履いているナオコが上目遣いでキメ顔。

「忙しい〜」と書いてある。


ナオコは明らかにユウスケに好意を抱いているなと感じた。

私生活はよく分からないが、前に勤めていたスーパーではかなり年上の社員と付き合っていたらしい。

いわゆる不倫だ。

その人とは別れたと聞いたが、ナオコの男関係の複雑さはまだまだ奥が深そうだ。


私は自分より年下の子が自分よりもずっと大人な恋愛をしているということに戸惑いを感じていた。

自分がこう決めているポリシーがなぜか恥ずかしくさえ思えた。

ナオコと私は恋のライバルになってしまうんだろうか…。

そんな予感がした。


私たちはタイプが違う。

おそらく考え方も価値観も…。

見た目の感じも着ている服もメイクの仕方もすべて。

なのになんで好きになる人は同じなんだろう。


そういったその日の出来事が私にあることを気付かせた。



 ユウスケが好きかもしれない



かもしれない…。

まだそうだった。

自分でそれが恋なんだということにはっきり気がつくまではまだ少し時間がかかった。



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