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19才  作者: mame
26/27

接近

その日はバイトが終わってすぐに帰った。

眠たかったのもあったが、やはり彼と普通に振る舞うことに自信がもてなかった。

いつものようにみんなと話をする自分が想像できなかったのだ。

これからのことを考えると頭が痛かったが、とにかく今はこの状況に慣れようと思った。


ユウスケは閉店までの勤務だ。

頃合いを見てメールを打った。



  お疲れさま

  今日は何だかソワソワしたよ

  早く慣れないとね

  永井さんにバレちゃった…

  また詳しく話すから。



正直なところ、私は永井さんにこのことを知ってもらってよかったと思った。

いずれは誰かに話すことになるだろう。

その最初の人が彼女でよかったと思う。

信頼できる人で相談も出来る。

彼にも安心して欲しい、そう考えていたからなおさらそう感じていた。


私はお風呂に入って部屋に戻った。

何だか疲れたな…そう思っているうち気が付くと眠っていた。

パッと目が覚めると時計は4時を回っていた。

どうやら携帯を持ったまま寝てしまっていたようだ。


手に持っていた携帯が光っている。

寝ぼけ眼をこすりながら開いて見た。



  帰ったで。

  今日は疲れたやろ?? 

  はよ寝や。

  次の休み、一緒にいてな

  おやすみ。



2時半過ぎに入っていたようだ。

全く気付かなかった。

返信はせず、そのまま私はまた眠った。

やはり疲れていたのだろう。

そのまま朝まで熟睡だった。


次の休みは、あさってだ。

私の休みは月曜と木曜、彼は木曜が休みであとは不定期だった。

こうやって彼との時間が重なっていく度、私たちの距離も縮まっていくのだろう。

今の時点ではまだその感覚も実感も分からない。

ただこうやって毎日好きな人の優しさを感じられることが信じられなかった。

いまだにユウスケの彼女という自覚がないのかもしれない。


とにかくあさってだ。

彼と過ごす二人きりの時間。

そう考えるとまたドキドキしてきた。


次の日、私はいつも通りに学校へ行き、いつも通りバイトへも行った。

昨日の今日ということもあり、自分なりにそつなく振る舞っていた。

周りの反応も何ら変わりなかった。

やはり永井さんに話して安心したのもあったのだろう。

今のところ、私たちのことに気付いている人はいないようだった。


私たちはこれまで以上に店では距離を置くようになっていた。

どちらともなく、お互い自然とそう振る舞うようになっている。

このことに違和感はなかった。

むしろ、そうしていた方がやりやすかった。


この状況にもいつか慣れてしまうんだろうか…。

先のことを考えるのはやめておこうと思いながら、内心やはり気になってしまう。

あんなに望んでいたことだったのに、悩みや不安はいつも違う形で襲ってくる。

解決すればその次、またその次へと尽きることはないのかもしれない。


私は今年に入ってから手帳に毎日簡単な日記をつけている。

今日あったこと、考えたこと、そしてその時の気持ちを残しておこうと思ったからだ。

1月1日が私たちの記念日だったこともあり、新しく始めてみることにしたのだ。

彼との予定を書き込むのも嬉しかった。

1日ごとに積み重なっていく二人の時間を感じられる。

私の中では続けていきたい習慣だった。



・1月17日(木) ユウスケと約束。

今日は二人ともバイト休み。

ユウスケの家でのんびり。お泊まり。

夜は親子丼にした。

こないだとおんなじように、手つないで寝る…

特に何もなかった。



日記のとおり、その日もユウスケは手をつなごうと言ってそのまま眠った。

私はこの間の教訓として学校の準備や着替え、化粧品などを持って行っていたので朝はのんびりとできた。

次の日はユウスケも朝から講義があったため、二人で一緒に家を出た。

大通りまで一緒に行き、また後でと言って別れた。


前回泊まった日のことを思い出した。

あの時のようなドキドキ感は今日はない。

何もなかったことに、少しだけ拍子抜けさせられたというのが本音だった。

私の中でその何かを望んでいるかと言われれば、そうではなかった。

むしろ、相変わらず彼との距離が近付くことが想像できずにいたからだ。


彼の中では今いったいどんな感情が巻き起こっているんだろうか。

いつも通りに優しく、いつも通りに愚痴もこぼしていた。

私は彼の側にいながら、ただその温もりに包まれていた。



・1月21日(月) バイト休み。ユウスケと会う。



次の予定を書き込んだ。

その日は珍しく月曜の休みが合った。

実はその日から私は学校の試験があったのだ。

ただバイトが休みということもあって、彼がうちで勉強すればと言ってくれたのだ。


前日の日曜、私とユウスケは0時でバイトが終わりだった。

次の日から試験ということもあって、その日はそのまま二人別々に帰った。

正直なところ、ここ最近まともに勉強ができていない。

ユウスケとのことで頭がいっぱいになり、集中できなかったのだ。


しかし単位を落とすわけにもいかない。

今日は一夜漬けになることを覚悟して、家へ帰った。

試験の用意とお泊まりセットを準備し、私は2時過ぎから勉強を始めた。


気が付くと外が明るくなっている。

いつの間にか机に伏せて寝てしまっていたようだ。

結局、ポイントを整理した程度で試験を迎えることになってしまった。

学校の試験は論文式だ。

問われた設問に対して、その解答を論文形式で用紙に書いていく方式だ。

何とかそれなりのことだけは書こうと言い聞かせ、私は学校へ行った。


夕方、ユウスケからメールが入った。



  今日急にバイトが入ってん。

  6時からやから、とりあえずうち来て。



試験は4時には終わっていた。

ユウスケは講義が5時過ぎまであるとのことだったので、私は学校に残り時間をつぶしていた。

バイトが入ったということは私は家に帰るしかない。

とりあえず、彼の家へ向かった。


およそ自転車で20分ほど。

到着すると、彼はすでに帰っていた。



「ごめんな。今日誰か知らんけど急に休んだらしいわ。」



「そっか。仕方ないよ。たまにはそんなこともあるって。」



「でも10時までなんや。休憩もないし、すぐ帰るからマキ待っててくれへん?」



「えっっ?!ここで??」



「他におるとこないやろ?留守番しとってや。鍵置いてくから。」



「でも……。いいの?あたし部屋にいて。」



「何で?あかんていう理由の方が見つからんわ。」



「ごはんどうしよっか?何か作っとこっか?」



「テストあるんやろ??勉強しとったらええよ。何か買って帰るわ。」



「そう??じゃあ勉強して時間つぶしてる。」



「今日はどないやった??」



「うーん…何とも言えないけど、書いたことは書いたから。」



「論分やったら大丈夫やろ?それなりにそれなりのこと書いてたらOKやし。」



「うん。多分ね。何個かヤマが当たったからラッキーだった。」



「そっか。なら明日も大丈夫やろ??」



「それが…明日の方が難しいんよね。法律系だから。」



「オレのことは気にせず勉強しとってや。オレただ一緒におりたいだけやから。」



「……うん。ありがと。学校も近いし、朝ゆっくりできるからこっちの方がいいよ。」



「朝メシ何か買ってきたろか??何がええ??」



「……メロンパン。チョコチップ入りのやつがいい。」



「おー分かった。ほな帰りに買って帰るから。」



「うん。じゃぁ留守番してるね。」



「誰か来ても出たらあかんで。テレビとかネットとか好きに使ってや。」



「うん。ありがと。気をつけてね。」



「おー。行ってくるわ。」



「行ってらっしゃーい。」



ユウスケはそう言って店へ行った。

彼のいない部屋に一人。

今日で彼の部屋に来るのは3回目だ。

それなのに、彼は何のためらいもなく鍵を置いて出て行った。

いいのかな、と思うと同時に何だか少し嬉しくなった。


彼が帰ってくるまでの間、とりあえず私は勉強することにした。

不在と言ってもほんの4時間ほどだ。

すぐに時間は経つだろう。

と、私は自分の晩ごはんを考えていなかったことに気が付いた。


まずは腹ごしらえだ。

すぐ裏にあるコンビニへ行った。

パスタとお茶を買ってすぐにまた部屋へ戻った。

やはり何だか落ち着かない。


ソワソワするのと彼を部屋で待つドキドキ感が相まっている。

その気持ちを紛らわすように、私は部屋の片付けを始めた。

相変わらず彼の部屋は散らかっていた。

ゴミをまとめ、散乱していた本やプリントなどを整理した。

簡単に床と机を拭き、空気の入れ換えのために窓を開けた。


外はとても寒い。

これから冬本番だ。

部屋に吹き込んでくる風はとても冷たかったが、少し心地良い感覚だった。

私は洗濯機のスイッチを入れた。


彼は一言で言うとずぼらだ。

洗濯物が溜まっていてもさほど気にならないようだ。

明日はいい天気になるということだったので、夜のうちに干しておこうと思った。

こうやって彼の身の回りのことをやっているのも心地よかった。


一段落付いた頃にはもう7時を回ろうとしていた。

私はパスタを食べ、ようやく勉強を始める段取りを始めた。

明日の試験は児童福祉法、幼稚園教育要領、保育所保育指針などの法律・規則系だ。

今までのノートやポイントブック、過去問などを読み返した。


おおよそ何が問われるかの予想はついていた。

最近の時事ニュースや世相などを反映した設問が問われる。

そのことを踏んで、学校でも講師の先生がある程度ヤマをかけてくれていたのだ。

単位取得は学校が行うのではなく、提携している他の短期大学が出題・採点するというシステムだ。


私はこの3年で専門学校とその提携する短大の2つを同時卒業する予定になっている。

もちろんこの先実習もあるし、スクーリングで遠征することもある。

1年目の今はまだ、ほんの序の口だ。

だからこの時期の試験を落とすわけにはいかなかった。


そのことは自分でも痛いくらい分かっていた。

彼とこんな風になれるなんて思いもしなかったことで、生活が激変している。

おそらく、自分自身でもついていけていない部分があると思っていた。

それでも今は目の前にあることを一つずつこなしていくしかない。


彼が戻ってくるまでのあと2時間半ほど、私はとにかく集中した。

彼が居ても気にせず…と言われていたが、私自身落ち着かないだろう。

なんなら、徹夜の覚悟もしようかと思っていた。

そうしているうち、気が付くと時計は11時を回ろうとしていた。


ユウスケからは連絡がない。

まだ終わることができないのだろうか。

何となくソワソワしてきた矢先のことだった。



  ♪♪♪♪♪〜♪♪♪♪〜♪♪



携帯が鳴った。ユウスケだ。



「もしもし??終わった?」



「開けて。」



「えっっ?!なに??」



「玄関、開けて。帰ったで。」



私は慌てて玄関へ行き、ドアをのぞいた。

見るとユウスケが電話を持って立っている。



「ただいま。連絡せんかったからビビったんやろ??」



「うん。遅いな〜って思ってたとこ。」



「驚かしたろって思ってん。思ったより普通やったな。」



「いじわる〜。」



「メシ食ったんやろ?これ、朝用な。」



「あ、ありがと〜。これこれ。一番好きなヤツ。」



「そーいや何かとメロンパン食ってたイメージあるかも。」



「好きなんよ。結構色々食べてるよ。」



「新しいの見つけたら買ってきたるわ。あれ??」



「どしたん??」



「マキ片付けてくれたん?!ほっとったらえーのに。」



「いや…なんか落ちつかんくてさ。とりあえず簡単にね。」



「お?!しかも洗濯してあるやん!!悪いやんか。」



「明日いい天気だって。干しといたらよく乾くよ。溜まってたよ〜。」



「何か悪いな。ほんま。家政婦やなんて思ってないで。」



「何言ってんの?!あたしが勝手にやってるだけなんだから。」



「でも正直、助かるわ。ありがとうな。」



「ううん。好きでやってることだから。気にしない気にしない。」



「とりあえずオレ晩メシ食うわ。マキ気にせんとって。勉強しーや。」



「うん。今日ちょっと遅くまでしようと思うから先寝ていいからね。」



「オレも付き合うおか??」



「いいよいいよ。あたしのことだし。明日あるんでしょ??」



「明日は夕方1コ行くだけやねん。気にせんでええからほんま。」



「そっか。眠くなったら起こしてね。あたしすぐ寝ちゃうから。」



「眠たい時は寝なあかんで。」



「うん。でもまぁ今だけだし。試験もあと2日だから。一踏ん張りだよ。」



「すごいな。オレよーせんわ。学校かけもちやろ?しんどいわ。」



「かけもちっていってもほとんど同時進行だから。大学とそんな変わりないよ。」



「無理すんなや。何でもほどほどやで。」



「うん。ありがと。」



小さな部屋で私たちはそれぞれ時間を過ごしていた。

ユウスケは私に気を遣って音を出さないように消音でネットやゲームをしていた。

私も思っていたほどソワソワすることもなく、順調に模擬解答を暗記していた。

どれくらい時間が経った頃だろうか…。



「マキ、マキ。」



「・・・・・うん?あっ!!ヤバイ。寝かけてた…。」



「ちょっとほっとったろかと思ったけど、ほんまに寝そうやったからやめたわ。」



「ありがと。ほんとそのまま朝コースだからね。いつも。」



「おもろいな。やっぱ。」



「何が??」



「えーのえーの。続けてや。また起こしたるから。」



「分かった…。」



それから5分と経たないうちに、またすぐ睡魔に襲われた。

何とか持たせようと必死に眠気をこらえ、解答を紙に書いた。



「マキ、マキ……マキちゃーん。おーい。」



「・・・・・・・・・・・・。」



「こうしたろ。」



「うわっっっ!!!ビックリした。」



「本格的に向こうの世界行っとったやろ?」



「・・・そうかも。ビックリした…。」



「分かった。次から今みたいにくすっぐったるわ。こそばゆくて目覚めるで。」



「たたいてもいいよ。」



「何言っとんねん。たたくわけないやろ?大事なマキちゃんを。」



「じゃぁつねってもいいよ。」



「ええんや。これが一番効くんやて。そうやろ??」



「うん。確かに。今結構冴えてきた感じ。」



そんなやりとりを何回か繰り返したような気がする。

私自身は本当に眠くなっていた。

このまま朝を迎えようかと思っていたが、やはり無理な気がしてきた。

時計は4時10分を指していた。



「マキ、ここ寝転んだら??」



「うーん…でも寝転んだらほんとに寝ると思うから。」



「ちょっとでも寝たら??」



「うーん…5時来たら2時間くらい寝ようかな…。」



「起きれるんか??」



「…ってゆうか…ユウスケ…ユウスケは眠くないの??」



「オレ?オレ夜型やからな。平気やで。慣れてるし。」



「そっか。ならいいや…付き合わせてごめんね…ほんと…。」



「なぁ。こっち来ぃや。ここ。」



「そこ??何で??」



「起こしたるから。多分目覚めると思う。」



「ほんと??…分かった。」



「マキ、さっきオレ呼んだやろ??」



「何…??呼んだっけ…??」



「初めてやわ。オレの名前呼んだん。」



「そうだっけ…??何かもう頭ボーッてしちゃって…。」



「よっしゃ。分かった・・・・・。」



「・・・・・・・・・・・・・・。」



「……な??目覚めたやろ??」



「……うん。……覚めた……。」



「マキ、眠い顔めっちゃ可愛いで。もっかいしてええ??」



「・・・・・うん。」



ユウスケはそっと私を抱き寄せ顔を近づけて唇にキスをした。

一瞬何が起こったか分からなかった。

初めてのキス…。

彼の唇は少し乾燥していたが、柔らかかった。


軽くチュッっと音を立ててキス。

2回目はそっと優しくキス。

それから私たちは何度となく唇を重ね合わせた。


私の心臓は音が聞こえてきそうなくらいドキドキと鼓動を立てて動いていた。

彼に抱きしめられ、髪を撫でられ、頬や耳、額とあらゆる場所にキスをされた。

今まで感じたことのない感覚だった。

体の中から何か沸き上がってくるような…そんな熱を感じた。


どれくらいこうしていたんだろうか…。

私の胸の鼓動はおさまらなかった。

こんなにも彼の顔が近くにある。

彼の顔はいつもと違うような気がした。



「マキ…好きやで。」



「あたしも…大好きだよ。」



「ごめんな。何も言わんとして。」



「ううん。まだドキドキしてる…。」



「何か緊張したわ。」



「あたし…あたしね…初めてキスした。」



「・・・・・何も言わんでええから。」



「でも……。」



「大事にするから。」



「……うん。ありがと…。」



「何も心配せんでええから。」



「うん……。」



彼はそう言うと再び私を抱きしめキスをした。

それからしばらくの間、私をそっと優しく抱きしめてくれていた。


そのまま私は彼の腕枕で眠った。

彼の心臓の鼓動を聞きながら、私はとても温かい気持ちだった。

細身の彼の身体は想像以上にがっしりとしていた。

抱きしめられた腕も寄りかかった胸板も、とても力強く感じた。


初めてのキスは好きな人と…。

そんな私の密かな望みが叶った夜だった。

信じられない気持ちと、何だか夢のような感覚が抜けないまま朝を迎えた。


ユウスケを好きになってよかった。

これからもっと、彼を好きになっていくだろう。

私ももっと、成長したいと思った。

彼を安心させられる存在になろう、そう思った。





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