二人の時間
ユウスケはいつ会っても変わらない。
私と交わした約束のことを本当に覚えているんだろうかというくらい普通だった。
もちろん、顔を合わせば会話もしたしたわいもない内容のメールもあった。
私はあの日からずっと落ち着かなかった。
好きな人と一緒に出かけられるなんて夢のようだ。
それがもうすぐ現実となる。
そう考えるだけで心ここにあらずといった状況だった。
ユウスケのことを話していた仲の良い友達には告白してしまえばとせかされた。
私の中ではもう少し仲良くなってこれを機会に遊びに行く機会を増やしたかった。
焦るつもりはなかったが、ナオコの存在も気になる。
大晦日を前にクリスマスというイベントが待っている。
私は案の定バイトが入っていたが、今となっては気にすることではない。
しかし私の知らないところでまたナオコがユウスケに何か話しているかもしれない。
誘ったりしているかもしれない。
そんな不安もあったが、それよりも今は約束をしてくれたユウスケを信じようと思った。
告白…本音としては彼からして欲しいと望んでいた。
もちろん、いまだユウスケの本心は分からなかったがいつかそうなるといいなという願いだ。
だから今すぐにという気持ちはない。
ただ、そんなことを考え始めている自分がいた。
クリスマス当日。
客層は時間を追うにつれて男女1組のカップルだらけになった。
キッチンの方も入るオーダーが2名のコースセットばかりであることに騒いでいた。
年齢層は若い人が多い。
ファミレスといってもこの店は他店と比べると割高だ。
いつも来ない高校生や大学生も奮発してのことだろう。
ステーキやグリルチキンのコースをそろって注文していた。
中にはプレゼントを交換したり、ケーキにろうそくを刺して欲しいと要望する人もいた。
接客に追われながら、楽しそうなそれぞれの席を見て、何だか少し私まで嬉しい気分になった。
本当ならうらやましいと思いながら、忙しく動き回る自分に嫌気がさすところだろう。
しかし、同じようにキッチンでせわしなく料理を作るユウスケがいたから、全くそんな気はなかった。
この状況が、むしろ楽しく、そして嬉しかった。
ピークタイムはしばらく続き、21時を過ぎても客足は途絶えることがなかった。
休憩を取ることもできず、みんな仕事に追われている。
ようやく落ち着き始めた頃には、もう23時を回ろうとしていた。
さすがに今日は疲れた。
少し休憩を取り、その日はそのまま帰った。
午前2時を回ろうとしていた頃、携帯が鳴った。
私はベッドの上で雑誌を読みながらうつろうつろしていた。
見るとユウスケからだ。
☆メリークリスマス☆
その下に長いURLが書いてある。
どこかのサイトにでもつながるんだろうか。
とりあえずクリックしてみた。
すると大きなクリスマスツリーが現れて、文章が流れてきた。
お疲れさん
今日は忙しかったな
気付いたらもう帰っとったからメールにしたわ
こんなん初めてやで〜サイトつないだん
おもろいやろ??
今年もあと少し、ふんばろな〜
驚いた。
メリークリスマス、彼が言う姿が想像できない言葉だ。
やっぱり彼を信じよう。
好きな気持ちを大切に、今は一日一日を大事にしよう、そう決心した。
大晦日。
私はバイトが休みだ。
ユウスケは22時までのシフトだった。
バイトが終わった時点で連絡をくれることになっていたが、当然落ち着かない。
早めに家を出てコンビニで時間をつぶし、二人分のジュースを買った。
22時半を過ぎた頃、ユウスケからメールがきた。
今終わったで
これからいったん帰るから11時過ぎで
大和町のコンビニにおるわ〜
実のところ、私はもうそこにいた。
彼の家がすぐ裏にあることは聞いていたし、何より緊張している自分がいた。
ここでかれこれ30分以上は時間をつぶしている。
いつものように振る舞おう、そう思いながらもドキドキを隠せなかった。
もうすぐかな…と思いながら携帯をいじっていた。
すると助手席のガラスをコンコンと叩く音がした。
私は思わずビクンとしてしまい、ドキっとして驚いた。
「お待たせ。てかそんなビビらんでもいいやん。」
「あ、まだだと思ってたからビックリした…。」
「いや、道混むやろて思ってちょっと急いだんやわ。」
「どうぞ乗ってください。」
「ほなお邪魔しまーす。」
そう言ってユウスケは助手席に座った。
まだドキドキしている。
「今日は忙しかったですか?」
「いや、全然。すんなり帰れたわ。チーフに質問攻めされたけど。」
「なんて?!」
「いやいや、今日はこの後どうするんとかそんな感じやで。」
「そうですか。ならいいけど。」
「みんなソバ食ったりして楽しくやってたで。」
「私も今日お昼食べましたよ。」
「こっからどれくらいかかるん??」
「多分30分もあれば着くと思うんだけどなぁ。」
「年越しってみんなドコで過ごすんやろな。オレたいがい家やわ。」
「私も同じ。のんびりしてる。」
「そんな混んでないやろ。ボチボチやわ。」
そんな会話を交わしながら車を走らせた。
しかし目的地まであと2キロあるかないかの所で車は止まった。
一向に動く気配はない。
どうやら駐車場に入りきれない車が並んで渋滞しているようだ。
「マジで?!こんなおるん?!」
「初めて年越しに来たからこんなんだって知らんかった…。」
「それは一緒やで。マジでこんな人来るんやな。」
「多分駐車場に入るだけで時間かかってるんだと思う。」
「やろな。かなりパーキングもうけてるっていうてたで。」
「あと40分かぁ…間に合うかな…。」
「まぁ待つしかないわな。しゃーないやん。」
「すいません…こんなだって知ってたら…。」
「いいやん。こんなんもまたおもろいやんか。こっちの方が印象残るで。」
「そうですか。ならいいですけど…。」
少しずつ車は進んでいた。
しかし30分経っても100メートル進んだか進まないかという状況だった。
「もうすぐやな。」
「結局間に合いませんでしたね…。」
「まぁ外寒いし、ここで年越しもまたいいやん。」
ユウスケはシートを倒してリラックスしていた。
そんなユウスケの姿を見ているうちに私のドキドキ感もいつしか消えていた。
無言の時間も心地よかった。
彼は時折携帯を見たり、歩く人を見て何か一言言ったり、いつもと何ら変わらなかった。
「…3・2・1…明けたで。」
「おめでとうございます!!」
「そんなテンション上げんでもええで。運転手さん。」
「こんな年越しでごめんなさい!!せっかくの元旦を…。」
「こんな年越し初めてや。忘れんやろな。」
「私も忘れません!!」
「なんや自分、今年はそのキャラなん??」
「いや、せめて明るく新年迎えとこうと思って。今年は成人だし。」
「そうやな。もうちょっとで車停められるやろうし、お参りや。」
「お守り買おっと。」
「何のヤツにすんの??」
「健康第一。ありますよね??」
「いや、それちゃうんやない?」
「え??じゃぁ交通安全にしよっかな。」
「今年もよろしく。」
「え??」
「やから、今年もよろしく。」
「あ、こちらこそ。よろしくお願いします。」
「おもろいな。オーラがおもろいってなかなかないで。」
「は?!どういうことですか??」
「ま、ええやんか。お??あのオッサンこっちって手振ってるで。」
「あーやっとだー。」
「お疲れさんでしたー。」
結局到着したのは年が明けてから1時間近く経ってからだった。
参拝客にもみくちゃにされそうになりながら、境内へと向かった。
ユウスケは常に私の前を歩いていて、時折腕で人混みをよけてくれた。
私は15円を賽銭にして投げた。
十分にご縁がありますようにとの願いだ。
母から教えてもらったものだった。
もっと景気よく振る舞えばよかったかなとも思ったが、気持ちの問題だ。
今こうして彼の横に居られることが何よりの幸せだった。
お守り売り場で巫女のバイトをしている友達に会った。
彼のことも話していたので、友達も嬉しそうに話しかけてきた。
結局厄除け祈願のお守りを2つ買った。
1つは自分用、もう1つは実家用だ。
ふと気が付くとユウスケがいない。
友達と話している間にどこかへ行ってしまったようだ。
彼と離れた場所でしばらく待った。
「お、元の場所でちゃんと待ってたんやな。」
「ごめんなさい、話長かったですよね。」
「いや全然。自販機行ってたんや。ほい。」
そう言って彼はダウンのポケットからココアの缶を出して私にくれた。
「コーヒー飲めんのやろ。ココアなら飲めるやろ。」
「あ、ありがとう…。」
「オレもう飲んだから。しかし寒いな。」
「お守り厄除けにしました。」
「おー??健康第一やないんや。」
「意地悪ですねー。そろそろ行きます??」
「そうやな。腹減ったわ。」
「帰りどっか寄りますか??」
「やな。ってファミレスしかないけどな。」
「じゃぁとりあえず戻りましょ。」
無事にお参りを済ませた私たちは彼の家の近くのファミレスに行くことにした。
ユウスケは以前私がコーヒーを飲めないと話の中で言っていたことを覚えていた。
ココアの缶はとても温かかった。
ここまで色々とあったけれど、今日は誘ってよかったと思った。