交わした約束
あの誕生日の夜以来、私たちはお互いを意識してか、あまり会話をしていない。
それどころか、いつも一緒になっていた休憩すらすれ違っていた。
私の決心は変わっていない。
今すぐにというほどではなかったが、それでもそろそろ誘うくらいはしないと…。
店で顔を合わせていても、結局それではただのバイト仲間に変わりないだろう。
彼がどんな部屋に住み、どんな生活をしているかなんて私は知らない。
いくら好きだと思っても、思うだけなら誰でも出来る。
今の私は、ただここでずっと足踏みをしているのと同じだ。
そんな自分が最近はもどかしくなっていた。
私はどうしたいんだろう。
自分に問いかけた。
ただユウスケの側にいたい…それだけなのか。
いつまで経っても変わらない状況だ。
そんなことを考えながら毎日を過ごしていた。
年末ということもあり、バイトの何人かは実家に帰省するらしい。
空いたシフトを埋めるのに、店長は頭を悩ませていた。
「マキちゃん、年末年始入れるよね?」
「はい、私は大丈夫ですけど。」
「みんな実家帰っちゃうからね…ダメとも言えないでしょ。」
「でも一番忙しい時期なんじゃないですか??」
「だからさ、マキちゃんランチからお願いできないかな?」
「ランチですか?!人いないんですか?」
「ランチマダムのみなさんは家の用事で忙しくなるでしょ…??」
「夜はどうするんですか?」
「まぁ何とかするよ。僕入るし。じゃあ12時−21時で3日間ね。」
「分かりました。」
「その代わり、大晦日は休みにしとくから。」
「え?!いいんですか??」
「いやいや、元旦から5連チャンだよ。ディナーナイトでよろしく。」
「はい、了解です。」
思いもしなかった休みだ。
大晦日に休みをもらえるなんて予想外だった。
さて、どうしようか…。
予定を入れなければせっかくの休みが無駄になる。
ユウスケは年末年始、実家に帰ってしまうんだろうか。
彼の実家は姫路だ。
そう遠くはないと言っても、やっぱりお正月くらいは実家に帰るんじゃないか。
大晦日、彼と一緒に過ごせないだろうか…。
3日後、久々にユウスケと休憩が一緒になった。
カレーをほおばりながら、携帯をいじっていた。
「もう今年も終わるな。早いわ。」
先に話し始めたのはユウスケだった。
「なぁ??こないだ暑い暑いゆうてた気がせえへん?」
「そんなような気もする…。」
「自分ランチから長い線引かれとったで。シフト見た??」
「あ、引かれる前に店長から言われたから…。」
「なんでオバハンまで休み取るんやろか。」
「家の用事とか何とかって。」
「そんな年末って忙しいんかな??」
「うーん…。おせちとか?大掃除とか?よく分かんない。」
「よー分からんわ。マジで。」
「そういえば、実家には帰らないんですか??」
「オレ?帰るけど。ゆうても10日過ぎてからかな。」
「年末年始は帰らず??」
「まぁそうやな。今年は友達がこっち来んねん。」
「そうなんですか。」
「友達いうても仲いい奴は一緒に大学来たし、まあ同窓会みたいなんかな。」
「へえ〜いいですね。」
「自分は実家近いいうても友達と集まったりせえへんの??」
「一応まだ未成年なんでたいがいランチで終わりますから。」
「そっか。じゃあ夜バイトでも問題ないんか。」
「まぁそんな感じです。」
「大晦日なんでこんな微妙なんやろか??」
「何がですか?」
「オレ10時で終わりやねん。チーフ気遣ってくれたんやろうけど…。」
「確かに微妙な時間…。」
「こんなんなら店で年越した方がまだマシやわ。2時間待つんもアホらしいし。」
「予定ないんですか??友達とかは?」
「まだ聞いてないわ。オレ多分バイトやっていうてもーたしな。」
「まあまだ半月ほどあるし。」
「やな。まあボチボチ考えるわ。」
そんな会話をかれこれ10分ほど交わした。
その場で誘ってみようかと思ったが勇気が出なかった。
きっと彼は大晦日、私が休みになっていることに気付いているはすだ。
そのことに何も触れなかったから余計に言い出しにくかった。
何の予定も入っていないと言っていたなら今がチャンスだ。
やっぱり誘ってみよう。
そうしないと何だか後悔するような気がする。
ここまできたらなるようになる、そう言い聞かせた。
次の日、バイトが休みだった私は彼にメールを打つことにした。
思い切って大晦日、どこかに行こうと誘うつもりだった。
学校からの帰り、どんな内容で送ろうかと考えた。
かれこれ30分以上は経っていたかもしれない。
なかなか思うように手が動かなかった。
♪♪♪〜♪♪♪♪♪〜♪〜
その時1件のメールを受信した。
さっき駅前歩いとったやろ??
ユウスケだった。
どうやら見られていたらしい。
全然気付きませんでした(T_T)
Re:
やろな。携帯見よったからな。
今日は休みやろ??
ちょうど帰ってるとこです。
しかもちょうどメール打ってました〜
Re:
ん?オレに?
何かあったん??
こないだ年末の話して思ったんですけど。
もしよかったらバイト終わってからどっか行きませんか?
Re:
自分他に予定ないん??
オレは構わんけど。
私もまさか休みだなんて思ってなかったから。
予定なんて考えてなかったんですよ(^_^;)
Re:
ええよ。どこ行く??
せっかくだから初詣に行きませんか??
Re:
おーええで。
オレバイト終わってからやから、11時くらいになるけど。
いいですよ。
私の車で行きましょ〜
Re:
何か悪いな。
ほなまた決めよや。
了解でーす☆
Re:
今日は9時ラストやねん。
メシ食ってちょっとゆっくりするわ。
自分ものんびりしーや。ほな。
すんなり決まってしまった。
こんなんでよかったんだろうか。
あれほど考えていたのに、何だか時間の無駄だったかもしれない。
それくらい彼はあっさりとOKしてくれた。
いざそうなってみると、何だか現実味がなく、実感がなかった。
彼と二人で出掛けるのは当然初めてだ。
いつもは店で顔を合わせて、たまにメールをするくらいだ。
バイト以外で二人きりになることがまだ想像できない。
でもいつか、一緒にどこかに出掛けられるようになりたいと思っていた。
その願いが叶った今、宙に浮いているような気さえして、しばらく何も考えられなかった。
本当に嬉しい。それだけだ。
何を着ていこうか、どんな話をしようか、考えることはたくさんあった。
今日から大晦日までの2週間は、落ち着かないだろう。
彼と交わした初めての約束、これが私たちの始まりになった。