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19才  作者: mame
15/27

ヤベッチの葛藤

ユウスケからCDが返ってきたのは1週間後のことだった。

録音して家で聴いていると言っていた。

あれから特に変わったことはない。

いつも通り学校へ行き、いつも通りバイトへ行っていた。

そんな毎日でも私にとってはとても充実した毎日だ。


もうすぐ19歳の誕生日だ。

11月30日…バイトが入っていた。

閉店まで働くことになる。

きっと0時のカウントダウンもできないんだろうな…そう思った。


こんな日は休みをもらえばいいものを、私はそうしなかった。

ユウスケと一緒に居たかったから。

彼は12時でアップの予定になっていた。

それでも、19歳を迎える瞬間、彼と同じ場所に居たかった。

ただそれだけだった。


もちろん、ユウスケには私の誕生日が12月1日だということを話していない。

わざわざ言うのも何だか嫌だ。

彼におめでとうを言って欲しいんじゃない。

ただ誕生日を迎える瞬間を彼が一緒に居る空間で過ごしたかった。


これはただの自己満足かもしれない。

友達には何で言わないの?!とかもっとアピールしなよ!とか色々と言われた。

確かにそうかもしれない。

あまりにもマイペースで進む私の行動は、はたから見ればもどかしいだろう。


しかし当の私自身、驚くほど冷静だった。

自信があるわけでもなく、先が見えているわけでもなかった。

それでもこんなに落ち着いていられるのはどうしてだろう。

自分でも不思議だった。





11月30日……

その日は学校で友達がお祝いをしてくれた。

なかなかなじめずにいた学校生活だったが、この頃はもうそんなことすら

気にしなくなっていた。

適度に友達とも遊んでいたし、勉強もそれなりにこなしていた。

慣れたんだろう。きっと。自分でそう思っていた。


一日早いけどと友達は昼休みにたくさんのお菓子と一緒にプレゼントをくれた。

くまのプーさんの置物だった。

前から私がプーさんグッズをたくさん持っていたことを知っていて、買ってくれたらしい。

嬉しかった。

19歳。来年にはハタチか…そう考えると何だか信じられなかった。


バイトは夕方6時からの予定だった。


私はいつものように学校が終わって時間をつぶし、コンビニへ寄って食べ物を買ってから店へ行った。

バイトが終わって帰る時には19歳になっている。

きっと実感なんてないんだろうと思ったが、なぜかドキドキしていた。


少し早めに店に着いた私は、早めの夕食を食べた。

夕食と言っても、春雨ヌードルとチョコの入ったパンだ。

いちおう栄養を考えて野菜ジュースは毎日飲んでいる。

その時、休憩室のドアが開いて誰かが入ってきた。



「お疲れさん。」



見るとヤベッチだった。

背の高い細身のバイト仲間だ。

彼、本名がヤベなわけではない。

酔うとあるお笑い芸人のモノマネをいつもしていて、それが抜群に似ていた。

だからみんなからその芸人の名前をとってヤベッチと呼ばれていた。

本人も関西出身でそう呼ばれることに抵抗はないらしい。

むしろ喜んでいた。



「ヤベッチ今日はランチ??」



「おーん、今日と明日はランチやねん。嫌やわ。」



「なーんで??早くに帰れるからいいがん。」



「オレおばはん苦手やねん。ランチのおばはんうるさいんやで。」



「そっかぁ。じゃぁ今日はもうアップ??」



「うん。もう終わり。飯だけ食おっかな。」



「ねーねー明日なんの日か知ってる??」



「お??明日…1日か。……映画の日や。」



「他には??」



「他??……あ。確か世界エイズデーや。ニュースでゆうてた。」



「他は??」



「他にもあるんかいな…。うーん…。もう分からんわ。」



「あたしの誕生日なんよ。」



「マジで?!」



「そうだよ−。てかそんなビックリせんでもよくない??」



「何歳なるん??」



「19歳。」



「まだ??えーなー。オレもう24やで。なにしとんやろ。」



「ヤベッチは将来何になりたいん??」



「……洋食屋とかしたい。デミとかわざわざ作るような。」



「へーすごいすごい。じゃぁ修行せんと。」



「ほんまやな。でも何からしていいか分からへんし。」



「誰かに弟子入りするとか?あ、調理師免許取るとか。」



「調理師な。それアリかもな。」



「ね。バイトしながらだったら今のうちできるっしょ。」



「本屋とか行ったらあるんかな?問題集。」



「店長が今年受けるって言って本持ってたから聞いてみたら?」



「ほーん。また聞いてみよ。それより誕生日やのに休まへんの?」



「なんで??別にいつもと何が変わるわけでもないし。」



「ほら…デートとかせないかんのちゃう??お年頃やのに。」



「デートの相手がいたら休んでるし。働いてた方が今は楽しいよ。」



「そっか…。ま、まだまだこれからやもんな。」



「ヤベッチだってそうだよ。まだ24歳でしょ。いい年頃。」



「将来のこと考えるとな…おっちゃんも色々悩める子羊やねん。」



「ヤベッチはマイペースだから大丈夫だよ。何とかなるなる。」



「自分10代やのにしっかりしとるな。いっつも思うけど。」



「そんなことないよ。まだまだ世間知らず。勉強せんとね。」



「前向きやね。おれにも分けてちょうだい。」



「ヤベッチちょっとお疲れなんだって。これ食べる?おいしいよ。」



「それ食べたことないわ。チョコ丸ごと入ってんねやろ?」



「うん。分厚い板チョコ。ウマイよ〜。うーんウマイ。」



「自分旨そうに食うな。オレも今度買お。」



「じゃあこれ残りあげるよ。あたしは休憩時間に何か作ってもらお。」



「お…あ、ありがと…。」



「じゃぁあたし着替えてくるね。」



「おん。お疲れさん。」



ヤベッチはユウスケと同じ大学を卒業していた。

大学院に進んだらしいが、研究をしていて人生につまづいたと言って辞めたらしい。

なんでも「ヒトヨタケ」というキノコの研究をしていたが、意味が分からなくなったとのことだ。

大学にも進んでいない私にとっては未知の世界だったが、確かにキノコの研究は大変そうだ。

本気で地道に研究している周りについていけなくなって、辞めたと聞いた。

バイトは大学時代から続けていて、その頃から興味のあった料理の道に進みたいと思っているらしい。


色んな人生がある。

きっと私もこの先どこかでつまづくことになるんだろう。

その時、どうするのか。


ヤベッチを見ていて悩んでいるのは伝わってきていた。

もともと穏やかな性格だったが、最近は忙しさからかキッチンでキレている姿をよく見かけた。

時にはゴミ箱を蹴り飛ばすこともあった。

彼の中で葛藤が起こっているんだろう。

色んな事に悩んでいるんだろう。

他のみんなもその様子に気付いていて、チーフにも相談していた。


人間、強い人なんているんだろうか。

どんな大人でも悩みはある。

その中身や大きさが違うだけだ。

ヤベッチには早く抜け出して欲しい、そう思った。

ほんとは明るくて面白い人なのに…。


みんな少なからず悩みを抱えている。

悩みなく生きている人なんているんだろうか。

大人になるってきっと、もっと、答えは遠くにあるような気がした。



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