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ベルの音とともにカフェを出る。軽音部の面々に冬馬、それから早番で仕事を終えた夏樹も一緒に。
「あたし、今日ツタヤに寄り道していくけど来る?」
「なら俺も行くよ」
「それじゃ、途中まで一緒に行くか?」
冬馬の提案に奏介と梨音は快諾したが、ジェロムは「遠慮する」ときっぱり拒否した。
「俺は少しばかり別の寄り道をしていく」
「どこいくんです?」
「そいつは……トップシークレットだ! 達者でな!」
そう言って、巨体アフロは颯爽と立ち去っていった。ジェロムは一番身近かもしれない軽音部員から見ても、ミステリアスなところが多かった。
「じゃ、ジェロムは放っといて行こっかー」
「ですね」
そして、4人は駅前に出る。人の流れに交わって、街の景色に溶けこんでいく。
柏駅の東口は2階にある。そこから広がる2階建ての駅前広場「ダブルデッキ」は、学校や会社から帰る人で活気づいていた。夕方から夜に近づくグラデーションの中、駅前を中心にして人の流れが放射状に散らばり、集まっていく。ここは、柏駅前のいわば象徴的な場所だった。
「やっぱりこの時間は相変わらず人が多いですねー」
「ちょうど帰宅ラッシュの時間と重なってるから、仕方ないだろ」
奏介の前を歩く冬馬と梨音の会話を聞きながら、街の呼吸に身を委ねる。そうすると、街の喧噪の間を縫ってどこからともなく音楽が聞こえてくる。誰の音楽なのかはすぐにわかった。MiXの曲だった。だけど、それはオリジナルではない。ダブルデッキの片隅、ギターを抱えて歌う女の子。
一瞬、探していた例の彼女かと思ったが、よく見たら全くの別人だ。年齢は奏介と変わらない、あるいは年下かもしれない女の子。彼女はギターを抱え、自分の声と音でMiXの歌を歌っている。
それ以外の街の音に耳を傾ける。見知らぬ高校生が、友達とMiXの新曲について話している。近くのCDショップの店員が、MiXの新曲のPRをしている。近くのショップからMiXの音楽がBGMとしてかかっている。
この世界はやっぱり、MiXで染まっている。大量生産のMiXで、埋め尽くされている。
「何だか、ちょっと寂しいよね」
奏介の心情を知ってか知らずか、夏樹はぽつりとつぶやいた。その横顔は、MiXを歌う路上ライブの女の子のほうに向いている。
「昔はもっと、いろんな音楽がここにあったんだけど……路上ライブもそうだし、あっちのビックカメラの横のあたりでダンスの練習をしてる人もいたし。それから、アフリカあたりの民族楽器を鳴らしてる人もいた!」
言われてみれば、そんな人達もいたような気がする。
奏介の記憶を辿ると、確かに数年前までは夏樹が言ったようなバラエティに富んだ人達が駅前を賑わせていた。だけど、いつからかそういう人達は姿を見せなくなり、代わりにやってきたのがMiXの音楽だ。まるで、固有の生態系を破壊する外来種のように。
「ロックバンドは死んだ」
唐突に、夏樹が言う。
「最近見た音楽雑誌に書いてあってさ、もうロックバンドは流行らないって。でもそれ、何回言われてるの? って話だよ」
そう言って苦笑いを浮かべる、その後で。
「私は、絶対そうとは思わない」
夏樹は、決然と言い放った。
「確かに、柏の街だけで見ても音楽人口は減ってるよ。路上ライブは見かけなくなったし、ライブハウスや音楽フェスの動員も一時期に比べて少なくなってる。だけど、そんな中にだって希望はあるんだよ」
ギターを弾いていた女の子が、MiXのカバーを歌い終える。周囲に集まっていた数人のギャラリーからはまばらな拍手。控えめに一礼すると、すぐに2曲目のイントロへ。聞き覚えのない曲調。きっと、オリジナル曲だ。
すると、歌っているうちにMiXの曲以外に興味を持たない人達が1人、また1人といなくなっていく。だけど、彼女は歌うことをやめない。まっすぐに歌い続けている。
きっと、こういう人のことだ。夏樹さんの言う希望とは、彼女のことを言っているんだ。
「それじゃ、私達はこっちだから! またね!」
「あ、お疲れさまです」
「夏樹さん冬馬さんお疲れさまでしたー!」
夏樹はもう一度梨音にハグをして、少し離れたところにいた冬馬に駆け寄る。それからすぐに、人混みの中へと消えていく。
群衆の中で、弾き語りの少女はまだひたむきに歌い続けていた。