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それから4人はコーラを浴びるように飲み、お菓子の袋をぱかぱかと開けてはぺろっと平らげた。それでもまだまだ飽きたらず、ジェロムは2次会を計画する。
「2次会だ! カフェライナーに行くぞ!」
珍しく、誰からも反対の声はなかった。もう全員がお祭りモードで、まだまだこの高揚感を終わらせることはできなかった。それは、彼方にとっても同じく例外ではなかったようで。
「梨音、カフェライナーで何食べる?」
「どうしよ……ガパオライスとパフェでも頼もうかな?」
「ガパオライス! パフェ!」
と、梨音と食べ物の話で目をきらきらと輝かせていた。改めて、彼方がまさかここまで軽音部になじむとは。奏介は嬉しい反面、いまだに不思議な気持ちだった。
それから異議のなかった4人はいつもより早く学校を出て、柏駅前のカフェライナーへと向かう。
「お、いらっしゃーい。今日は来ると思ったよ、おめでとう!」
店に入るなり、夏樹さんが開口一番でジェロムズを祝福する。
「おう、来ると思ってたか。じゃあもしかして祝勝祝いで奢ってくれるのか?」
「奢るのはさすがに無理無理。でもコーヒーの1杯くらいはサービスしてあげるよ……おっ」
と、夏樹の視線がぴたりと止まる。その先には、一番後ろからひょっこりと顔を出した彼方。
「わー彼方ちゃんだ! 彼方ちゃんもいるならデザートもサービスしてあげる!」
「あたしが言うのもあれだけど相変わらずちょろい! でもありがとうございます夏樹さん!」
わいわいとしたお祝いムードの中、いつもの席に4人が座る。ジェロムが夏樹に4人分とは思えない量の料理を注文していると、また別のところから声がかかった。
「よう、ミューサン出演おめでとう」
「冬馬さん」
声の主は、別の席から近くのカウンター席に移動してきた冬馬だった。
「後ろで見てたけど、なかなかいいライブだったな。特にあの……奏介の女装」
「それ音楽関係ないし思い出して吹き出すのやめてもらえます……?」
「我ながら、なかなか評判がいいじゃないか。それならミューサン本番もそれで」
「部長、もうやりませんからね俺は」
ジェロムが本気で残念そうな顔をしていると、夏樹がコーヒーを人数分用意してくれた。本当にサービスしてくれるらしい。ありがたい。
それぞれの目の前に、人数分のコーヒー。それをじっと見つめている彼方。どこか浮かない表情をしている。
「彼方、どうかした?」
奏介の問いかけに、はっとした彼方。
「…………」
何かを言いかけて、やめて。視線が逡巡して、再び彼女は口を開く。
「……何でもない」
「あ、彼方ちゃんもしかして『自分達がお情けで出場権をもらえたんだ』とか考えてない?」
夏樹の指摘で、少し彼方の表情が固くなったように見える。図星、なんだろうか。
「大丈夫、その可能性はゼロだから! 私達もフェスのスタッフとして手伝ってるけど、そこまでできる権力はないから!」
「そうだな。夏樹の言う通り、俺達はそこまで介入できない。そもそも今回のオーディションはライブを見に来てくれた人達の人気投票になるわけだから、この結果はリスナーを味方につけたジェロムズの実力での勝利だ」
「おうおうもっと遠慮しないで言ってくれていいんだぜ冬馬?」
「いや、お前がどんどん調子乗りそうだからこれ以上はやめとくわ」
「それにしても彼方ちゃん! めちゃめちゃ歌上手かったね!」
天狗の鼻をひん曲げられたジェロムをよそに、話題の中心は彼方へと移っていく。
「彼方ちゃんって、元々別のバンドとかでボーカルやってたの?」
「歌ったことはある。でも、大勢の人前で歌ったのは、初めて」
「へっ? そうなの?」
「夏樹さんもびっくりですよね? あのクオリティで初めてだなんて、あたしもまだ信じられないですよー」
夏樹が驚きで間の抜けた声を出す一方、奏介は「おや?」と首を傾げていた。
「むしろ、俺もそれは初耳なんだが」
「え、ソウも?」
「だって、前に彼方から聞いたときは『たくさんの人に音楽を聞いてもらった』って言ってたような……」
奏介は記憶を反芻する。確かそれを聞いたのは、彼方が軽音部への加入を決めた時のことだ。
「それは、ライブじゃない。ネット配信で」
「ああ……そういうことだったのか」
奏介の中にあった矛盾が解消される。そもそも高校生になる前から音楽活動をしているとしたら、今のご時世ライブハウスよりもネットで活動していたと考える方が自然だ。
「なるほどな……今をときめくMiXも、実は元々ネットで活躍していた歌い手だったって説があるくらいだ。そこで歌唱力や表現力が培われていたとしたら、その歌声にも納得できる」
「何だ、今日はやけに楽しそうだな冬馬は」
「そりゃあ、先日のライブに加えてボーカリスト・遠野彼方の出所を聞いたら本当に彼方が、いや、ジェロムズが音楽シーンを塗り変えちまうんじゃないかって気がしてな」
「またまた冬馬さん、あたしらが音楽シーンを変えるだなんて大げさな……」
「いや、大げさじゃないよ。というのも、俺は音楽が新時代を迎えるには今が最高のタイミングだと思ってる」
ちりん、とドアのベルが鳴る。夏樹が少し、悔しそうな表情。
「うーん、私も冬馬の話を聞いてたいけどお客さんが来ちゃったからまた後で! みんなごゆっくり!」
そう言って、仕事モードに戻った夏樹は早足でお客さんの対応に向かう。
「それで……冬馬さんが最高のタイミングだと思う根拠って、やっぱりあるんですよね?」
「そりゃもちろん。ずばり言うと、MiXのクオリティが目に見えて下がった」
奏介の問いに、冬馬がはっきりと答えた。それは疑いではなく、断言だった。
「発売したばかりのニューシングル、全部通して聞いたけどまるで響いてくる曲がなかった。これまでのは少なくとも表題曲くらいはおっ、と思わせてくれたんだけど、今回は全然だ」
「そうなんですか? あたしらのクラスなんて、放課後とかどこもかしこもMiXの話題で持ちきりでしたよ?」
「それは単純に、これまでで獲得してきたネームバリューの賜物だろうよ」
夏樹の「おまちどー」というフランクな接客と共に、前菜のサラダが運ばれてきた。
「MiXの強みは、全世界的に存在する異常なほどの固定ファンの多さにある。いやらしい言い方をすると、『信者』の多さだ。もうその規模でいえば社会文化とか宗教の一種と呼んでも過言ではないレベルだと思う」
「……ああ、その冬馬の言い分はもっともだな。仮にMiXが宗教法人扱いされても全く違和感なさそうだ」
「だろ? じゃあその信者達が音楽のクオリティをどれくらい求めてるのかっていうと、実はこれ、大して重要視されてないんだよ。それよりも信者にとって大事なのは『MiXが新曲を出してくれた』っていう揺るぎようのない事実。この一点に尽きる。もうMiXの歌さえ聞ければいいんだ。例えそれが抜け殻の歌声だとしても、な」
抜け殻。
その3文字が、奏介に引っかかる。
「あの、抜け殻って言うのは……」
「何というか……元々加工された歌声が一つのウリのようなところがあったMiXだけど、今までの歌にはまだ人間としての温かみもまだ感じられていたような気がするんだ。でも今回はそれすらない。まるで機械に魂を売ったみたいだ。しかも、今回はアルバムを延期して出した新曲でこの状態ときた。もう彼女はもしかしたら――」
乾いた音が弾けた。
一瞬でぴんと張りつめる空気。一点に集中する視線の先。割れて散乱したグラスと足下の水たまり。
「もうやめて」
沈黙の中でつぶやかれた彼方の声は、その場にいた全員の聴覚を震わせた。
「MiXの話は、もうやめて」
すると、その音を聞きつけてきた夏樹がモップとちりとりを持って駆けつけた。慣れた手つきでグラスの残骸を片づけていく。
「彼方ちゃん大丈夫? 冬馬、何かあったの?」
「ちょっとMiXについての話をしてたんだが……気を悪くしたようですまない。アンチMiXな人に対して話すことじゃなかったかもな」
「結局冬馬のせいか! 私の彼方ちゃんを泣かせたら冬馬でもただじゃおかないからね!」
「そ、そうですよ冬馬さん! じゃあ今日は彼方の機嫌を悪くさせた罰としてあたしらの分奢ってもらおうかな?」
「すまんが今日は勘弁してくれ、給料日前でカツカツなんだよ」
「じゃあ俺、奢りでガパオライス大盛り追加で」
「奏介お前人の話聞けよ!」
梨音を中心に、6人が囲むテーブルの中から活気が戻ってくる。無理矢理のフォームで修正されていく空気。
そんな中で、珍しくジェロムはじっと黙ったままだった。
まだ影の残る、彼方の様子を見つめながら。




