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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
2.ウィークエンドの歌姫
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22


 翌日の月曜日。部室にて。

 現在の部室には3人いる。梨音と奏介、そしてその真ん中に立つ彼方。

「梨音、もしかしてピック変えた?」

「いいとこに気づいた! そうそう、これ家の練習用だったんだけど、部室用にしようと思って。ピンクのカシワニくんピック、どう? かわいいでしょ?」

「うん、かわいいし似合ってる」

「サンキュ!」

 バンド練モードに切り替わる部室。彼方はマイクの位置をチェックしながら。梨音はアンプの音量を調整しながら。昨日のように交わされる和やかな会話。

 その中で一人、シールドを持ったままの奏介は狐につままれたような表情でぽかんと立っていた。

「ソウ?」

 梨音の声で、奏介がはっと我に返る。そこで初めて自分が動きを止めていたことに気づいたようだった。

「ぼけーっとしてたけど、大丈夫?」

「あ、ああ。俺は大丈夫だけど」

「だけど?」

「2人とも、今日はやけに親しくない?」

 奏介の問いに、梨音と彼方が目を合わせる。2人は笑う。梨音は白い歯を見せて、彼方はくすっと微笑むように。

「そりゃあたし達、マブダチですから!」

「え、えぇー?」

「何よー、嘘だと思うなら彼方にも聞いてみなさいよ。ねえ彼方、あたしら友達だもんねー?」

「うん、友達」

 1回、2回、3回ほど奏介は視線を梨音と彼方の間で往復させて、彼方に一言。

「彼方……もしかして梨音に何か弱みでも握られたのか?」

「違いますー! ちゃんと正当な段階を踏んだ上での仲良し宣言ですー!」

 まだ疑念を残す奏介だったが。

「大丈夫だよ、奏介」

 彼方は、はっきりと言った。

「梨音は、大事な友達だから」

「……マジか」

 目を丸くする奏介に梨音は「ほら、あたしの言った通りでしょ?」とドヤ顔をしていると、外から近づいてくる気配を感じた。この重量級の気配は、間違いない。

「ヘーイ! 今日も元気かボーイズアンドガールズ!」 

 暑苦しいご挨拶とともに、予想通りジェロムがやってきた。梨音は室内の温度が一気に5度くらい上がったような錯覚に陥る。

「今日はお前らにいい知らせを持ってきたぜ!」

「何ですかいい知らせって……?」

 訊いた奏介に、「よくぞ訊いてくれた」と言ってジェロムはグーサインと合わせてウィンクを飛ばした。当の奏介はあまり嬉しくなさそうである。そりゃそうだ。だいたいこういう時の「いい知らせ」というのは、ジェロム以外のメンバーにとっては都合が悪い。そのことは奏介が一番知っているし、そもそもジェロムのウィンクなんてそんな先入観を差し引いたって誰も得しない。

「まずはこいつを見てくれ」

 そう言うと、ジェロムは足下に置いてあった紙袋から何かを取り出した。

 それは全部で4つあった。

 それは全てハンガーに掛けられていた。

 一つはジェロムのLLサイズに合いそうな金ピカのジャケット。

 そして残りの3つは――メイド服。

「えーっと……何なんですかねこれ」

 奏介が訊く。

「もちろん、今度のオーディションライブの衣装だとも!」

 ジェロムが迷いのない声で答える。

「……このメイド服は誰が着るんです?」

 再び奏介が若干の震え声で訊く。

「もちろん遠野君と梨音、それに奏介だ!」

 ジェロムが当然のことのように言い切った。

 数秒ほど硬直した後で、奏介は頭を抱えた。その表情は一気に10歳ほど老け込んだような気がする。

 一方の梨音も、当然ながら心中穏やかではなかった。

 あたしが着るの?

 あのメイド服を?

 いやいやいやいや。

 自問自答が、梨音の頭の中でぐるぐる巡る。

 だけど、梨音はすぐには反対しなかった。心の中に、引っかかるものがある。

 すると、まず奏介の視線が刺さった。いつもの流れなら、こういう時に真っ先に反論するのが梨音だ。奏介は明らかにそれを期待している。早く反論してくれ、と。目が口ほど以上にものを言っている。

 次に動いたのは彼方だった。すたすたとジェロムに近づく。

「ちょっと見せて」

 彼方は一番小柄なメイド服を手に取った。それからそれをまじまじと観察して。

「私は、別に着てもいい」

「エクセレント! 素晴らしい返事だ遠野君!」

 そして、決断は梨音に委ねられた。

 当然、メイド服なんて梨音の趣味ではない。今までの彼女であれば、間違いなく奏介と共に断固反対の姿勢でスクラムを組んでいた。

 そう、今までなら。

 梨音の脳裏に言葉が聞こえる。それは昨日、彼方が梨音に向けた言葉。

『梨音がかわいいもの好きなのは、とても素敵なこと』

『もっとかわいい梨音も、見てみたいなって、思う』

『梨音は、もっと自信を持ってもいいと思う』

『でも私は、かわいい梨音も好き』

 彼方のいくつもの言葉が、反芻され、混ざり合って、梨音の心に静かな熱を灯す。

 梨音は思う。

 ああ、やっぱりちょろいなあ、自分。

「部長」

 答えは1つだった。奏介には申し訳ないと思いつつも、梨音はもう揺るがなかった。

「その提案、乗った」


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