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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
2.ウィークエンドの歌姫
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20

 ふと、弾む会話の中でこんなことを訊かれた。

「梨音のきっかけって何だったの?」

「きっかけ?」

「そう。梨音がベースを、音楽を始めたきっかけ」

 そういえば話したことがなかったな、と思う。言及されたことはなかったし、自分から進んで話そうとも思わなかった。できれば、自分と奏介だけが共有している記憶にしておきたかったのかもしれない。

 でも今は、彼方には話しておこうと思った。

「あれは確か……去年の秋のことだったと思う」


 去年までの梨音は、ちょっとしたスターだった。

 子供の頃から培われていた男勝りで強気な性格と運動能力を活かし、梨音はバスケ部のエースとして獅子奮迅の活躍をしていた。

 入部間もない1年の夏からレギュラーに抜擢。バスケ部員としては控えめな身長ながらも、精密機械のように3ポイントシュートをバシバシと決めていく姿は、学校の内外で注目の的になっていた。県大会では注目選手の1人として取り上げられ、来年には国体強化選手に選ばれるのでは、という噂が立つほどに。

 しかし、現実は非情である。

 秋の大会で、梨音は大けがを負った。右アキレス腱の断裂。梨音の選手生命が絶たれた瞬間だった。

 それから、梨音は未練を絶つためにすっぱりバスケ部を退部する。しかし、バスケを辞めた梨音に残されたのは、空っぽになった無気力な自分だけ。

 これからどうしよう。

 自分はどうなるんだろう。

 漠然とした不安が、虚無の日々とともに梨音を襲う。夜中に目が覚めて、眠れなくなる日が何日も続く。

 もう自分に生きる意味はないんじゃないか?

 そう感じて、死にたくなる日もあった。

 だけど、そんな毎日から救ってくれた人がいた。

 他でもない、多田奏介だ。

 梨音が音楽を始めるきっかけになったあの日、梨音はまた機関車公園にいた。気落ちしたときには機関車の隣、ホームの階段にしゃがみこむ。バスケを辞めてからは、梨音はよくその場所で時間を潰していた。ここにいると心が落ち着く。大きな黒い鉄の塊が、自分を守ってくれるような気がして。

 そんな時、目の前に奏介が現れた。まるでスカートの一件でいじけていた時の出来事を繰り返すかのように。

 もしかしたら、奏介の方は以前から自分がここに来るようになっていたことを知っていたのかもしれない。

「梨音」

 奏介が梨音を見つけ、呼びかける。その次にはもう、奏介は梨音に新しい道を指し示してくれた。

「一緒にバンドやろうぜ」

 梨音に、ベーシストとしての新しい命が吹き込まれた瞬間だった。

 だから、いわば奏介は梨音にとっての「命の恩人」だった。

 本人にこんなことを話したら、大げさだと言って笑うだろう。

 それでも、その瞬間から芽生えた梨音の奏介に対する特別な感情は、揺るぎないものとしてここにある。

 今はそう、実感している。


「……とまあ、そんなことがあったわけよ」

「……そうなんだ」

 すると、彼方は梨音のベッドに再びこてんと寝転がる。

「梨音は、さっき私のことを羨ましいって言ってた。でも、私は梨音が羨ましい」

「どういうこと?」

「梨音には、私が知らない奏介との思い出がある。私の知らない奏介を、梨音はたくさん知っている。それがちょっと、羨ましかった」

 彼方と話していると、梨音はふと忘れそうになる。まだ彼方が私や奏介と出会ってから1ヶ月も経っていないということを。

「別に梨音が悪いわけじゃない。ただ少し……寂しくなっただけ」

 そう言って、彼方は梨音の枕をぎゅっと抱いた。

 ここにいる彼方は今までずっと不登校で、つい最近学校に復帰してきたばかりの、か弱い女の子だった。

 そんな彼方に感じる、親近感。

「……これから、作っていけばいいんじゃない?」

 枕をきつく抱きしめていた彼方の腕が、少しだけ緩む。

「今からでも遅くないと思う。ここからあたしと、彼方と、それからソウと。小さな思い出を1つずつ積み重ねていけば、何年か後には3人しか知らない思い出ができあがる。そうすれば、未来の彼方は寂しくなくなるんじゃない?」

「うん……それ、いい。すごくいい」

 うなずく彼方の瞳は、きらきらと輝いていた。その目はきっと、数年後の未来予想図を見ている。しかしすぐに。

「あっ」

 はっと何かに気づいたような表情に変わった。

「大事なの忘れてた」

「ん?」

「部長のこと、忘れてた」

 唐突に登場するアフロ。梨音は思わず吹き出した。

「あー大丈夫大丈夫。あの人はほっといても強引に割り込んで来るから、あたし達の思い出作りに」

「それ、わかるかも」

「でしょ!」

 それからしばらく、梨音と彼方はジェロムの話題に花を咲かせていた。

 大丈夫だ。

 4人で見る未来は、きっと明るい。

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