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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
2.ウィークエンドの歌姫
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19


 柏駅の西口を抜けて、歩くことだいたい15分くらい。

 解錠し、玄関のドアを少し開けて梨音は室内の様子を伺う。事前に聞いていた通り、両親は外出しているようだった。たぶん、まだしばらくは帰ってこないだろう。

「いいよ、入って」

「……お邪魔します」

「あたしの部屋は2階だから、こっち」

 西日が差し込む玄関を抜けて、2人は階段を上る。梨音の部屋は、階段を上がってすぐのところにあった。

 梨音は少し、緊張していた。まだこの部屋には、奏介しか上げたことがない。それに何より、この部屋には――

 ドアを開ける。梨音の表情が少し、固くなる。

「うわぁ……」

 彼方は目を丸くした。

 ピンクを基調とした部屋に、本棚いっぱいの少女漫画。

 日当たりのいい窓に、華やかなパステルカラーのカーテン。

 チェック柄のベッドの脇に、並べられたたくさんのぬいぐるみ。

 梨音の部屋を一言で表すなら、「女の子らしさ」のあふれる部屋だった。

「わかってるんだよ。こういう部屋が、あたしとはミスマッチなことくらい」

 だからこそ、梨音は自分の大好きなかわいいものを部屋中に詰め込んだ。そして、それを外には出さない。部屋の中でキュートな女の子らしいグッズに囲まれることが、梨音にとって最高の幸せだった。

 そんな自分とその内面を写し取ったこの部屋を理解し、受け入れたのは今まで奏介だけだった。それ以外の人には、今まで見せたこともない。

 だから、同性の人間に見せたのは、今日の彼方が初めてのことだった。そして、その彼方本人の反応は。

「かわいいっ……!」

 わかりやすいくらいに、目にハートマークを浮かべていた。

「カシワニさんがいる! でもこの子もかわいい! あ、この漫画面白そう!」

「……そんなに興奮しなくたっていいのに」

 梨音はそう言いつつも、そんな珍しい反応の彼方を見れたことが嬉しかった。それ以上に、ほっとした。

 やっぱり、彼方を連れてきてよかった。

 安堵する梨音をよそに、遠慮なくベッドにごろんとうつ伏せになった彼方は手にした少女漫画を黙々と読み始めた。梨音の部屋に来ても、彼方はやっぱり彼方だった。相変わらず自然体で貫くマイペース。それでいい。それがいい。

 梨音は、その様子を観察する。ぱたぱたと交互に揺れる脚。熱心に漫画を読む、好奇心に満ちた瞳。何よりも目を引く、艶やかな黒髪。

 その居心地のよさそうなそぶりも相まって、彼方こそが部屋の主のような気がしてきた。

 彼女は、かわいらしい。幼さの残る仕草の中にも、どこか品がある。それこそ、少女漫画に出てくるヒロインのように。

「……うらやましい」

 思わず、本音が口をついて出た。それに気づいた彼方が首を傾げる。

「何が?」

「彼方がかわいいのが、うらやましくてさ」

「梨音だってかわいかったよ?」

 梨音にスマホの画面を見せる。そこに映っていたのはさっきの「ガーリィな服」に身を包んでいた梨音の姿。

「わーっ!? なし! それはなし!」

「写真、あげようか?」

「いらんわ! むしろ消しなさい!」

 そもそもいつの間に写真を撮っていたのか。後で詳しく事情を説明してもらおう。

「梨音は、もっと自信を持ってもいいと思う」

「かわいくなる、ことに?」

「そう」

「それは……元々かわいいルックスを持ってる人だから言えることよ」

 梨音は同じベッドの上に座り、膝を抱える。

「彼方があたしのことを肯定してくれるのは、嬉しい。でもあたし、昔から男勝りなとこあってさ。男の子と遊ぶことが多かったし、今だってクラスの女子より軽音部の2人とつるんでるほうが楽しいし。クラスの人間だって、あたしの外見も性格もそういう人だって認識してる。だから、いくら気があってもあたしと彼方じゃ100%わかり合おうったって、やっぱりそれは無理な話なの。絶対、彼方にはあたしのジレンマはわからない」

 梨音は畳みかけるようにそこまで言って、最後に。

「……ごめんね」

 一言、付け加えた。

 それを黙って聞いていた彼方は、そっと読んでいた漫画を元の本棚に戻す。ベッドから起きあがって、梨音の隣へ。

「でも私は、かわいい梨音も好き」

 彼方の真っ直ぐな言葉が、刺さる。それが痛くて、梨音はまたひねくれる。

「その『好き』ってのは、ソウ……奏介に対しての『好き』と一緒なの?」

「『好き』は『好き』だよ。それ以上でも、それ以下でもない」

「じゃあ仮に、仮によ? あたしとソウが付き合ったら、どうする?」

 淡々としていた無表情が曇る。見えない答えを探している。

「……なんか、もやもやする。でも、それが何なのか、よくわからない。……ただ」

「ただ?」

「私はそれでも、梨音と奏介のことはずっと好きだと思う」

 正解だ、と梨音は思った。まったく、彼方はどこまで純粋なんだ。どうしてこんなに、真っ直ぐでいられるんだ。

「あたし……彼方のそういう正直すぎるところ、苦手だった」

「知ってる。そんな気はしてた」

「やっぱりそうよね。……でも、今は違うから」

 それから梨音は、隣に座る彼方をぎゅっと抱きしめた。何もかもをさらけ出した部屋の中で、自分も少しだけ、素直になってみる。

「わぁ」

「昔は嫉妬。今は憧れ。あたしにとっての彼方は、そんな存在」

 我ながら、やっぱり自分はちょろいと思う。だけど、もう彼方の存在は梨音のまだ短い人生の中で重要なポジションに居座ろうとしている。梨音はもう、それを止められない。

「思えば、あたしと彼方だって、根っこの部分はそんなに変わらないのかもね」

「根っこ?」

 梨音は思う。もっと、自分の気持ちに正直になりたい。憧れの、彼方のように。

 梨音は自分の心、さらに深い部分にもう一歩、踏み込んで。ごまかしていた本心を、拾い上げる。

「あたしも……ソウのこと、奏介のことが好きだから」

 認めてしまえば、以外とすんなり言葉にできた。

「だから、あたしも一緒。ソウと彼方のことが、どっちも好きなのよ」

「そうだね、一緒だね」

 身体を離す。向かい合った彼方の表情は、微笑んでいた。

 きっと、彼方と争うことはない。どっちも奏介が好きで、お互いのことも好き。それでいいんだと思う。もし仮に彼方が奏介と結ばれることがあったとしても、たぶんそれは喜んで祝福することができる。

 それから2人は、日が暮れるまで言葉を交わした。意外と彼方はおしゃべりだった。

 もう彼方との距離は、測らなくたっていい。


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