17
梨音はふと、昔の出来事を思い出した。
小学校の頃。初めてスカートを穿いてみた日のこと。
その日、学校ではクラスメイトの女の子が新しいスカートを穿いてきていた。赤を基調とした、フリフリなやつ。その結果、彼女は周りから注目を集めまくっていた。かわいいとか、似合ってるとか。男女関係なく、全方位から受けまくっていた賞賛。
日頃から男子と遊ぶことが多かった梨音は、興味のない振りをしていた。しかし、やはり女としての本能的な部分で、気になっていた。
そして、梨音に魔が差した。
学校が終わって家に帰る。すると、梨音は着替え始めた。いつもの半ズボンからずっとタンスの中にしまわれていたプリーツスカートに。
姿見に映る、いつもと違う自分。もしかして、かわいいんじゃないか、自分。
それを見て、何の根拠もなしに「いける」と思った。
そのまま、梨音は男子の友達の家に遊びに行った。それがまずかった。
「うっわー! リオンのやつスカート履いてやがるー!」
友人宅の玄関で、最初に鉢合わせした友人Aが言った。すると、その大声に反応した友人BとCも騒ぎだす。
「マジかよ! きめぇ!」
「似合わねー!」
刺さった。笑い飛ばすことができないレベルのダメージだった。
そんな梨音の心境なんて知るはずもなく、わいわいと言いたい放題の3人。
「帰る」
それだけ言って、玄関から上がることなく梨音は出ていった。
だけど、梨音はすぐには帰らなかった。あとちょっとでも心のバランスを崩したら、泣き出してしまいそう。そんな精神状態をどこか1人になれるところで落ち着かせたかった。
結局、梨音がたどり着いたのは家からほど近い場所にある公園。そこは「機関車公園」と呼ばれていて、その名の通り園内には実物の大きな機関車が展示されている。梨音はその隣、ホームの端にある階段の途中でうずくまっていた。誰にも見つからないように、ひっそりと。
ところが、梨音は見つかってしまった。
「梨音? 何してんの?」
よりによって、奏介に。
「何でもいいじゃん……あんたこそ、何しに来たの?」
「……買い物」
奏介は短く答えた。
隣に、奏介が座った。ふと気づくと、近くには奏介の自転車が停められている。誕生日に買ってもらったらしい、まだ真新しさの残るマウンテンバイク。
「梨音、泣いてた?」
「……泣いてるわけ、ないでしょ」
「何かあった?」
「何もない」
「何もなかったら、そんな顔してないだろ」
きっと、相当面白くなさそうな顔をしているんだと思う。
梨音は自分の顔を見てみたかったけれど、さすがに今の状況で鏡とかは持っていなかった。おしゃれ好きな女子ならば持っていたかもしれないが、梨音は当然ながらそういう人種ではない。
「なあ言ってみろよ、このまま黙ってたって何もわからない……あれ?」
奏介が、不意に何かに気づいた。その視線は下に向いている。
油断していた梨音はしまった、と思った。慌てて隠そうとしたが、時すでに遅し。
「スカート穿いてる?」
終わった、と思った。奏介にだけは知られたくなかったのに、最悪の形で知られてしまった。
奏介にまで、笑われる。
「似合ってる」
「どうせあたしは……えっ?」
梨音は、自分の耳を疑った。驚きの目で奏介を見る。すると彼はニカッ、と笑った。嘘偽りの欠片もない笑顔。
「たまにはいいね、そういうの」
その一言と笑顔が、梨音の心を一気に溶かした。無理して虚勢を張って取り繕っていた自分が、脆くも崩れさっていく。
「うぇ……うわああああん!!」
それまでぐっとこらえていた涙。ため込んでいた分が、止めどなくあふれ出す。
「え、な、何!? 俺のせい!?」
「違うっ、違うけどっ……うわああああん!!」
戸惑ったままの奏介に抱きついて、梨音はもう人目もはばからずにずっと泣き続けていた。
今でも鮮明に残る。懐かしくて、ほろ苦くもちょっぴり甘酸っぱい記憶。
この一件以来、梨音はかわいいもの好きな自分を簡単には他人に見せないようになった。
だけど同時に、心から信頼できる人には全てをさらけ出すようになった。
そのスタンスは、今の梨音でも変わらない。