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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
2.ウィークエンドの歌姫
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 カフェライナーからの、薄暗くなった帰り道。

 不覚にも、梨音は彼方と並んで歩くことになった。

 前を歩く奏介とジェロムが、後ろ2人のことを気にかける様子はない。ジェロムのほうから半ば無理矢理肩を組んで、奏介に何かをあーだこーだと暑苦しく語っている。さっきのオーディションについての話かもしれないし、最近聴いた音楽についての話かもしれない。あるいはもっとくだらないバカ話かもしれない。

 どちらにせよ、そこは2人だけの世界である。奏介だって若干引き気味ではあるものの、何だかんだでいつもジェロムとのコミュニケーションは楽しんでいるのだ。むしろ逆に自分から話しかけない性格な分、ああいう人の相手のほうが奏介的には気楽なんだろう。

 そして、一方の梨音と彼方。

 会話がない。ただ黙々と歩き続けるだけ。梨音はしきりに腕時計を確認する。

 店を出てから5分。まだ5分。家までの道のりが果てしなく遠く感じられる。

 梨音は思う。ジェロムと正反対な彼方とは、絶対に奏介は合わない。相性最悪。そうに違いない。

 そもそも、奏介だって彼方に惚れたわけじゃない。惚れたのは、その歌声だけだ。

「梨音」

 びくっ、とした。一瞬誰の声だかわからなかったけど、彼方だ。しかも下の名前で呼んでくるとは。

「な、なに?」

「ごめん、驚かせた?」

「いや、大丈夫……」

 いざ1対1で話すと、なぜだろう、強気に出られない。ここまでの積み重ねでいろいろ文句があるはずなのに、頭の片隅に押しやられてしまう。

「夏樹さんの言ってたこと、気になったんだけど」

「どこらへんが?」

「前にやってた、イベントの話」

「ミューサンのこと?」

「そうそれ」

 今更ながら、『柏MUSIC SUN』をミューサンと略すのはなかなかハイセンスだと梨音は思った。そこはかとなくオシャレ感があるけど気取っていなくて、何より覚えやすい。 

「動員が減ったの、どうして?」

「……さあね」

 別に今のは冷たくあしらおうと思って言ったわけじゃない。本当に知らないから、そう答えるしかなかった。そもそもイベントの存在だって今日の夏樹との会話の中で初めて知ったんだ。わかるはずがない。

 それでも、考えられる心当たりがあるとすれば。

「もしかして、MiXのせい?」

 梨音の心当たりを見透かすかのように、彼方が訊いた。

「可能性としては……あると思う」

 だから、あえて濁した言い方で梨音は返した。

「MiXのこと、梨音は嫌い?」

「うん、嫌い」

今度は、はっきりと否定した。

「どうして?」

 梨音の心情を知ってか知らずか、彼方は遠慮なく一歩踏み込んだ質問をしてくる。だけど、別にMiXを嫌う理由なんて、別に隠す必要はない。

「MiX以外にも、いい音楽ってたくさんあると思う。それなのにMiXばかりが注目されて。MiXこそが最高だって比べもしないうちに勘違いして。それに何の疑いもなく浮かされてる人達が、マジで気に入らない」

 本心を吐露する梨音。その言葉に知らず知らずのうちに熱が入る。

「確かに、MiXに罪はないのかもしれない。でも、MiXがいなかったら、もっといろんな音楽が、もっと評価されるべきアーティストが正しく評価されていたのかもしれない。そう思うと、他人事のはずなのに……なんだか悔しい。だから、結果的にMiXは嫌い」

 一区切りついて、一旦熱が冷めたところで、梨音は我に返る。

 何語っちゃってんだ自分。それも、よりによって彼方なんかに。

「なんか、ごめんね。変な話して」

「いい。梨音の言いたいこと、わかるから」

「本当に?」

「私も……MiXは嫌いだから」

 へぇ、と梨音は思わず小さな声を漏らす。もしかして、彼方は意外と話のわかるヤツなのだろうか。

「……まさかね」

「まさか?」

「いやいや、こっちの独り言だから気にしないで」

 思わず考え事が口に出てしまいそうになって焦った梨音は、話題を切り替える。

「そういえば、遠野さんって今までライブに出たこととかあるの?」

「……ない」

「本当に? 一回も? バンドでもソロでも経験ないの?」

 疑う梨音の問いに、彼方はやはりふるふると首を横に振る。

「ない。全然ない」

「人前で歌ったこと、ないの?」

「ない」

 梨音は呆気に取られた。そんなのもったいない。もったいなさすぎる。宝の持ち腐れにも程があるんじゃなかろうか。

 すると、彼方の横顔が少し微笑んだ、ような気がした。

「だから、今回のライブは……楽しみ」

 彼方が街の灯に照らされる。美しく。

 その瞬間、梨音は悟った。

 この子は、純粋だ。常識とか、社会とか、そういう混沌とした枠組みの中で生きるには、あまりにも純粋すぎるんだ。世の中の汚れた面に触れてしまったら、あっという間に壊れてしまいそうな。そんな危うさを、梨音はこの一瞬で感じた。

「それじゃあ、ここでお別れ」

 そう言って、彼方はバス停の前に立った。

「帰り、バスなの?」

「うん」

「だったら、駅前から乗って行けばよかったのに……あ、ってかあの2人!」

 梨音は前を歩く2人を止めようとする。しかし、思いの外距離があった。大声で呼び戻そうとしたら「いいよ」と彼方に止められた。

「どうしてよ?」

「また明日会えるから。それに、今話してみたかったのは、梨音とだから」

 なんだそれ。

 不意に後ろからの強い光。バスのヘッドライトが2人を照らし出した。少し乱暴に停車して、1人分のドアが開く。

「それじゃあ、またね」

「う、うん」

 ドアが閉まる。中途半端に手を振り返したままの梨音を置いて、走り出す。バスのドア越しに見る彼方は、もっと透き通って見えた。

「ほんと、なんなのよ……」

 梨音のあてのない問いかけは、深くなりつつある夜空に溶けて消えてしまった。

 バスのテールライトが、赤い残像を残して遠くなっていく。


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