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「オーディション?」
「そう、今度6月に開催される音楽イベントのね!」
カフェライナーにお邪魔して、いつもの席に通されるとすぐに、4人にはフライヤーが手渡された。
「『柏MUSIC SUN』ってこれ、昔にやってたイベントですよね?」
「そうなの?」
奏介が真っ先に反応したイベント名だったが、梨音には聞き覚えのない名前だった。何それ、すごいの?
「昔、って言っても数年前の話だけど、一時期はもっと大々的にやってたんだよね。会場は駅近のライブハウスが4つに高島屋の前、それから駅前のウッドデッキとか貸し切ったりしてさ」
「マジで、すごっ!」
柏駅の東口、ダブルデッキを降りてすぐのマルイの前には『ウッドデッキ』と呼ばれるイベントスペースがある。主に街をあげての大型イベントで使われる場所で、そこを貸し切ったということは相当な規模のイベントだったんだと、柏市民ならイベント事に疎い人でも何となく想像がつく。アーティストだってかなりの数を呼んだに違いない。
「でも一回動員が少なくなって休止になっちゃって、今回はそこからの復活ってことで2つのライブハウスだけでやるんだけど……みんなに出てほしいのはこっち」
フライヤーの右下、小さくオーディション出演バンドの募集がある。
「これが最初に言ったオーディションってやつですか?」
「そう! で、ここで優勝すればミューサンのオープニングアクトとして出演ができるってこと! どう? アツいでしょ?」
「なんだ、そういうことなら直接ミューサンに呼んでくれてもいいんだぜ? どうせブッキングには冬馬も絡んでるんだろ?」
遠巻きからフライヤーを眺めるジェロムが、怖いもの知らずなことを言っている。
「いくら冬馬でもさすがに無名の高校生バンドをねじ込むのはムリムリ。こっちだって大人の事情ってもんがあるんだから」
「んなこと言ったら梨音のほうがよっぽど『大人』だろうが」
「ジェロムくーん今どこ見て言ったのかなー?」
明らかに胸を見比べて言っていたので、梨音と夏樹は両サイドからナチュラルセクハラアフロの縮れ毛をむしり取ってやった。5本抜いた。夏樹は20本くらい抜けたらしい。さすが容赦ない。隣で見ていた奏介の苦笑いが引きつっていた。
「なんてこった、俺のソウルにしてアイデンティティが……!」
「思ったより大して抜けてないから大丈夫大丈夫ー」
「そうですよ、ってか部長はバリカンを持ってこられなかっただけありがたいと思ったほうがいいんじゃないかな?」
閑話休題。
「それで、オーディションのほうは出れそう?」
「俺らが断るとでも?」
梨音や奏介の意見を聞く前から自信満々に言うジェロム。でもジェロムの言う通り、梨音や奏介に断る理由はなかった。断る可能性があるとすれば、あともう一人。
「彼方は、大丈夫?」
奏介が、心なしか慎重に彼方へ訊いてみる。相変わらず特に表情を動かすことなく、しかしはっきりと彼女は答えた。
「大丈夫。やってみたい」
「じゃ、決まりだな」
ジェロムが口角を上げてにやりと笑う。その顔はよからぬことを企む悪人のそれだったが、なかなか様になっていた。
かくして、柏陽高校軽音部は来月に控えたオーディションに向け動き出すこととなった。
エントリー名は『ザ・ジェロムズ』。
名付け親は、言わずもがな。
それから、梨音にとって気になることがもう一つ。
なでなで。
「あの……夏樹さん?」
「んーどうしたの?」
なでなでなでなで。
「その……ずっとなでなでしてますよね、遠野さんのこと」
「あ、わかります?」
「そりゃわかるわ!」
思わず梨音はジェロムに対するようなツッコミを入れてしまった。
「だってこの子すごくかわいいんだもん~一家に一人欲しいわ~」
夏樹は彼方にホの字だった。が、一方の彼方はと言うと。
「鬱陶しい……」
静かに不快指数を上げていた。ポーカーフェイスな彼方が、眉間に皺を寄せて露骨に嫌がっている。それに気づいた夏樹は、すぐさまご機嫌取りに動いた。
「あ、ごめんね、コーヒーおかわりいる? それとも今度は紅茶にする? 手作りのクッキーもつけよっか?」
すると、彼方の眉間の皺が一気に緩んで、細くなっていた目がくりっと丸くなる。
「じゃあ、コーヒーおかわりとクッキー」
「はーいよろこんでー!」
「夏樹さんかけ声が居酒屋みたいになってる! ってか遠野さんちょろい!」
梨音は思わず彼方にまで鋭いツッコミを入れてしまった。とうとう夏樹までもが彼方に持っていかれたような感覚。梨音は「ぐぬぬ……」と唸らずにはいられなかった。
一方、機嫌を取り戻した彼方は、素知らぬ顔で残りのコーヒーを上品に味わっていた。
「ここのコーヒー、おいしい」
「ぐぬぬ……」
もう一度、梨音が唸った。
今に覚えてろ、遠野彼方め。




