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紆余曲折を経て、彼方をお迎えした軽音部部室。
「本当だったら俺が直接教室まで出迎えに行きたかったところなんだが、うちのベース担当のワタ・ベリオン部員に絶対来るなと釘を刺されてな」
「名前、区切るところおかしいんですけど」
「そうだ、改めて自己紹介をしておこう。俺がドラムス担当にして軽音部部長にしてバンドリーダーの岸田ジェロムだ。以後よろしく頼む!」
「人の話聞けよ!」
すっかりその場の空気はジェロムのペースだった。
「飲み物、買ってきましたー」
「パーフェクト、奏介ご苦労」
ジェロムから小銭を受け取り鼻にティッシュを詰めたままお使いを頼まれていた奏介は、持ってきた缶を4つテーブルに置く。コーラにカルピス、カフェオレにお茶。
「さ、こいつは俺の奢りだ。みんな遠慮なく好きなの飲め」
さあここから小さな心理戦が始まる。梨音は考える。
まずコーラはジェロムが飲むとして――ほら、もう手に取った……あれ?
コーラを手に取った、ジェロムよりも小さくて細くて色白な手の主は、彼方だった。ジェロムの言葉通り遠慮なくプルタブを開け、缶を両手で持ってこくこくと飲んでいる。ジェロムを見ると、衝撃のあまり石のように固まっていた。これは面白いものを見た。
「遠野さんって、コーラ好きなの?」
「大好き。飲むと生きてるって感じがする」
そんな大げさな。
だけど、そう言った彼方の表情は梨音でもはっきりとわかるくらいにきらきらと、生き生きとしていた。梨音は初めて、彼女の感情らしい感情を垣間見たような気がした。
「それじゃ、あたしはカルピスねー」
「俺は……カフェオレいただきます」
結果、ショックから立ち直れなかったジェロムの手元にはお茶だけが残った。
「ツメが甘かったですねー、部長」
「くそっ、お茶はくれてやる! また1.5リットルのやつを買ってきてやろうじゃないか!」
まるで雑魚キャラのような捨て台詞を吐いて、部室を出ていくジェロム。いい気味。
扉が閉まってから奏介と梨音がくすくす笑っていると、彼方がきょとんとした表情の後、手元のコーラをじっと見てつぶやいた。
「部長、コーラが好きなの?」
「大好きだよ、たぶん三度の飯より」
「私、飲まない方がよかったかな?」
「いや、部長が遠慮なくって言ったんだから、飲みなさいよ。あの人はちょっとコーラ控えたほうがいいんだから」
そう言って梨音はカルピスのプルタブを開けながら、気づく。
彼方と普通に喋ってしまった。
その彼方はというと、今はもう迷いもなくおいしそうにコーラをくぴくぴと飲んでいる。
コーラが好きなんて、意外だね。
そう言ったら、彼方はどういう反応をするんだろう。少しは照れくさそうにするのか、はたまたいつも通りの無表情を貫くのか。
だけど、梨音が実際にその言葉を口に出すことはなく、カルピスと一緒に飲み込んだ。