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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
エピローグ
175/177

12

 2021年3月。柏DOMe。

 2階の明るいバーカウンターのフロアから、薄暗い階段を降りていく。ライブ前の心地よい緊張感とワクワク感が、空気を支配していく。階段を一段降りるたびに、濃くなるその密度。

 そして、ライブハウスの観客席。端に赤いベンチが設置されているだけで、あとはほぼ全席立見のスペース。その空間で、数十人の人間が同じ方向を向いて立っている。隣の人の背中と触れるか触れないかの人口密度で、ある人は友人と雑談しながら。ある人はスマホの画面からSNSのアプリを開きながら。

 そんな中、こちらに向かって手招きする人の姿を見つけた。

「ソウ、こっちこっち」

 手招きをしていたのは梨音だった。呼ばれた奏介は人混みの中を縫うように進む。そして呼んでいた梨音と一緒に舞台袖へと向かう。その間に携帯を取り出す。

「もう、どこ行ってたのよソウは」

「ごめん、鈴木とついつい話し込んじゃって」

「あのエセ関西人は話し出したら止まらないんだから、適当に切り上げないと」

 梨音から軽く注意されながら舞台袖に潜り込むと、中ではすでに残りのメンバーが揃っていた。

「おう、来たな」

 腕を組み、どっしりとした佇まいでジェロムが待っていた。

 そして、その隣には。

『奏介、遅いよ!o(`ω´ )o』

 顔文字込みのかわいらしいメッセージが、ジェロムズ共有のメッセージとして投下される。その送り主は。

「ははは……ごめん、彼方」

 目の前に立つ、小柄な少女。遠野彼方。

 かつて、世界を席巻した歌姫。その後、晴れて正式にギタリストとしてバンドに加入した、ザ・ジェロムズのメンバー。

 そして、今は多田奏介の彼女。

『いいよ、許す╰(*´︶`*)╯♡』

 彼方はまた携帯にメッセージを打ち込むと、はにかむように、にかっと笑った。

「ちょっと2人ともー、こういう糖分多めのやり取りは個人でやりなさいよー! バンドの士気に関わるでしょー!」

 しびれを切らした梨音が彼方に摑みかかる。だけど、彼方の表情は無邪気な笑顔。楽しそうだし、照れくさそうでもある。2人とも。

「……今度は2人にベリースウィートなラヴソングでも書いてもらうか?」

 ジェロムが隣でそんなことをボソッとつぶやいたが、奏介は聞こえない振りをした。

「お待たせ! ジェロムズのみんな、出番だよ!」

 ステージにいたスタッフからお声がかかる。そのスタッフとは、今回特別に手伝いに来ていた夏樹だった。黒いスタッフ用Tシャツが似合っている。さらにその隣には冬馬が同じスタッフの格好で見守っていた。

「DOMeもジェロムズも、久しぶりのライブだから盛り上げてくれよ。俺達も、影ながら応援してるからな」

「任せろ冬馬! 終戦記念のチャリティライブなんて、クールなステージを用意してくれた礼だ。全力で盛り上げるさ」

 ジェロムが筋骨隆々な胸を叩いて言った。

「そうね。それに何より、彼方とライブできるのは超楽しみにしてたし。あたし達が、今日いる人達の中で一番盛り上がって、盛り上げないとね!」

 梨音が、強気に言い放った。

「ああ、俺も……」

 そこで、不意に彼方と目が合った。

 そこには弾けるような、透明で純粋な笑顔があった。

 ああ、もうこれ以上の言葉は、いらないな。

 不意に、ステージが闇に落ちる。登場のSEが流れ始めた。観客が、一体になって盛り上がり始める。

 薄暗がりの中で、夏樹がいつでもどうぞとジェスチャーで示す。

「……行こう!」

 4人は同時に歩き出す。

 観客の拍手は、さらに大きく。

 そして彼方は、ジェロムズは再びステージに立つ。

 スポットライトを浴びながら、歓声に応えながら、それぞれの定位置へ。

 奏介はギターを手にして、ふと、彼方の姿を見た。

 彼方が持っているのは、かつて譲り受けた海渡のギター。

 そのせいか、奏介は錯覚した。

 彼方の立ち姿が、海渡のそれと重なった。今ここに、海渡が立っている。

「海渡……?」

 すると、奏介の目に映る海渡はニカッと笑った。乙江で何度も見た、子供みたいに無邪気な笑み。そしてすぐに、その幻は霧散した。

 奏介は確信した。海渡の魂は、同じステージに立っている。そう感じた瞬間、奏介は身体が軽くなった気がした。

 すると、海渡が消えた後。彼方が同じ笑顔を奏介に向ける。自然と奏介も、笑顔に変わる。

 それから全方位を見渡して。梨音も、ジェロムも、笑顔に変わる。そして、正面にいる大勢の観客も、これから笑顔に変えてやる。

 しかと見届けろ。これが、俺たちの音楽だ。

『——始めるよ』

 ジェロムズの音楽が、高らかに鳴り響いた。

 最初の曲。それは、海渡が遺した曲。タイトルもなく、未完のまま眠っていた曲。

 それを今、解き放つ。

『空の彼方』


   ♪


 君は鳥籠の中

 鍵を解いて空を見上げ

 広げた翼はまだ傷ついたまま


 青い鳥、夢の続き

 チョークで描く

 まぶしすぎる空と海がきらめいていた


 水平線混ざり合った

 僕ら見た夏色は

 離れ離れになった

 僕らの胸の中


 小さな手の内に

 握りしめた希望とともに

 見上げてた空の彼方


 随分遠くまで来たな

 胸の内でつぶやいて

 遠くを見つめる君の横顔を見てた


 つないだ手は離さない

 誓った夜

 美し過ぎる夏の星座が瞬いていた


 2つの伸びる影

 朝日に照らされて

 翼の傷は癒えた

 ここから飛び立つんだ


 さようなら青い鳥

 どこまでも飛んで行け

 幸せ願う遥か彼方


 またいつか出会う日まで

 再会を祈りながら


<了>

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