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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
エピローグ
170/177

「おう、起きたな」

 奏介は目を覚ました。ゆっくりと覚醒していく五感。病院のベッドで目を覚ました時のことを思い出す。あの時も、今の感覚に近かった。だけど、目の前に見えたのは真っ白な天井ではなく真っ黒なアフロ。

「ここは……?」

「そのテンプレ通りのクエスチョンに答えてやりたいところだが、残念ながらそれはできない。ただ、ここに彼方がいることは確かだ」

 そこは、周囲を森に囲まれた場所だった。車が停まる目の前に、洋館風の建物が小ぢんまりとした佇まいで1軒だけ建っている。その建物の中に、彼方はいるらしい。

 もう日が傾いていた。青々しいはずの森の木々も、洋館の小綺麗な外壁も、全て夕焼けの中に包まれている。遠くから、輪唱のように蜩の鳴き声が聞こえる。

 すると、洋館からひょろっとしたシルエットが出てきた。足利だ。車に戻ってくる。そこで初めて、足利が足を少し引きずっていることに奏介は気づいた。おそらく旅で受けたケガの影響だろう。だが銃撃されたにも関わらず、この短期間で歩けるまで回復しているのは驚異的だと思う。

 運転席のドアが開けられる。足利も、奏介が起きていることに気がついた。

「やあ、奏介君も起きたね。今からでもすぐに会えるけど、どうする?」

 まだ寝起きでぼんやりとしていた思考が、足利の一言で冴えてくる。

 同時に、会うのが怖くなってくる。

「それは……」

 ここまで、気持ちは決まっていたはずだった。しかし、ここに来て迷いが生まれた。

 今更自分が会いに行ったところで、彼方は赦してくれるだろうか。彼方のことを、救えなかった自分を。

 そして、何より今の彼方を知ってしまうのが怖かった。現在の彼方は、おそらく何らかの問題を抱えている。そんな彼方を、自分は受け入れられるのだろうか。

「すぐに決まらないなら、じっくり考えてくれても構わない。僕は奏介君が納得のいく答えが出るまで待とう」

「……ありがとうございます」

 足利の気遣いがありがたい。奏介がその答えに甘えようとした矢先。

 ジェロムに頭を鷲掴みにされた。

「は?」

 殺される、と奏介は思った。

 がっちりとホールドされて、首が右にも左にも回らない。筋骨隆々な右手でこのまま頭蓋骨を握り潰されるんじゃないか、という恐怖に支配される。

「奏介、俺はお前を信じている」

 ジェロムは奏介の頭を掴んだまま言った。

「お前は、彼方から一番近い場所にいる。だからこそ、お前は彼方を救える。いや、お前じゃなきゃ救えないんだ」

「でも俺は……」

「だったら、何故ベストを尽くさないのか」

 有無を言わせぬ、ジェロムの言葉。その迫力。

「何もしないでここで退いてみろ。絶対に一生後悔するぞ。いいか奏介。自信がないなら、全力だ」

 そして、奏介は頭を掴んでいた右手にわしゃわしゃと力強く撫でられた。

「ドゥ・ユア・ベスト!」

 弱っていた精神が、力技で奮い立たされた。冷静に考えれば、まるで根拠のない激励。しかし、だからこそ響く言葉がある。シンプルに、心に届く励ましになる。

「部長、俺は……」

「ああ、それ以上の言葉は俺にはいらん。そこから先は、彼方に、行動で示してやるんだ」

 奏介の頭に置かれていた大きな手が離れた。そして、その手は奏介の前に。

「シェイクハンドだ。奏介のガッツを称えて」

「……はい」

 ジェロムと奏介が、がっちりと力強く手を結ぶ。奏介は、ジェロムから勇気をもらった。その勇気を燃料に、彼方のもとへ。

 その様子を見た足利も、奏介の決意を察してくれたようだった。

「ここから先は、奏介君1人で行くといい。中では担当医が案内してくれるから心配いらない。僕もここで応援しているよ」

「ありがとうございます……足利さん」

 そして、奏介は車を降りた。

 外の風は、秋の空気を孕んでいた。

 奏介と彼方の夏が、終われなかった夏がきっと、もうすぐ終わる。

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