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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
2.ウィークエンドの歌姫
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 うんざり。

 梨音の今日一日を総括するなら、その一言に尽きる。その原因は全て遠野彼方の存在にあった。


 例えば、休み時間。

 授業が終わるたびに彼女は奏介のところにやってきた。だけど積極的に話しかけることはなく、奏介が若干ぎこちなく話しかけると答えを返してくる。終始そんな感じだった。会話のキャッチボールがまるでなっていない。そこで梨音が話を振る。

「遠野さん、せっかくクラスが変わったんだし、他のクラスの人達とも話してみたら……」

 と、梨音が周囲を見渡すとほぼ全員が梨音から視線や気配を逸らした。どうやら完全にお荷物を押しつけられたらしい。

 そして、彼方本人はというと。

「いい。奏介の近くがいい」

 これである。誰か助けてくれ。


 例えば、昼休み。

 その時も彼女は当然の顔をして私と奏介の輪の中へ入ってきた。だけど、お弁当の類は持っていない。

「あの、昼飯は?」

 奏介がおそるおそる訊く。

「持ってきてない。買える場所教えて」

 まるで遠慮のかけらもない物言い。しかし、奏介がそれについて反論するはずもなく、ご丁寧に彼方を連れて購買までエスコートしていた。食べかけの自分の弁当を放置したまま。気に入らない梨音は、腹いせにその中のハムカツとウインナーを食ってやった。不用心なのが悪いのだ。

 その様子を隣でずっとどこか心配そうに見ていた鈴木からは「なあ、ほんまにお前らと遠野ってどんな関係?」と訊かれたが、梨音は「さあねー」としか答えなかった。本当に知らないことのほうが多いんだから仕方がない。

 2人が戻ってくると、やっぱり彼方は私達のところに居座った。特に弾む会話を交わすこともなく、まるで座敷わらしの如くそこにいる。居心地が悪いったらありゃしない。誰かこいつをどうにかしてくれ。

 

 そんなことが続いて梨音のストレスが積もり積もって、やってきた放課後。

 やっぱり、彼方は部室までついてきた。

 部室の前にたどり着くまで、3人の間に会話らしい会話は皆無だった。梨音は眉間にしわを寄せ、彼方は眉の一つも動かさずに無表情を貫き、奏介は軽く途方に暮れた様子で視線が若干泳いでいた。

 防音のドアがビリビリと響いている。相変わらずパワフルなジェロムのビート。だけど今日の梨音には工事現場の音と大差のない騒音に聞こえる。ああ虚しい。

 すると、不意にドラムの音がぴたりと止んだ。それからすぐに部室の奥、ドアの向こうからどすどすと重い足音が近づいてくる。嫌な予感が、明確な質量を持ってこっちにやってくる。

「ウェルカム! 待っていたぞ遠野彼方! 俺は君を全力で歓迎しよう!」

 蝶番がぶっ壊れそうな勢いで開いた部室の防音扉は、一番前にいた奏介を軽々と吹っ飛ばした。

「おや? 奏介はそんなところに寝ころんで何してるんだ? 貴様もしや、遠野彼方のスカートの彼方をのぞき込もうとして……!?」

 足下を見ると、奏介がギャグ漫画のワンシーンみたいに鼻血を流して倒れていた。

「あんたがドアで吹っ飛ばしたんだろうが! くだらないこと言ってないで奏介の介抱しなさいよ!」

 いつもよりさらに輪をかけて混沌としている軽音部3人のやりとりのなかで、彼方だけはやはり微動だにしなかった。本当に関心がないのか、ただ軽音部のノリについていけてないだけなのか。正直それもいまいちよくわからない。そしてその掴みどころのない感じがさらに梨音のいらだちを募らせる。

 とりあえずいらいらのはけ口として、梨音はジェロムの腹筋を一発殴っといた。

 特に効いてなさそうだった。


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