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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
エピローグ
169/177

 間違いなく、目の前にいるのは岸田ジェロムだった。

 以前よりさらに黒くなった皮膚。地肌の上から直に着ている、前ボタン全開のアロハシャツ。一回りくらい成長したアフロ。レンズのやたら大きなサングラス。

 そして何故か、胸元には刃物で袈裟斬りにされたような、肩には何かに貫かれたような傷跡があった。ジェロムはここまで、一体何と戦ってきたんだろうか。

「…………また、トイレ借りに来たんですか?」

 いろいろ訊きたいことはあったが、言葉が出て来なかった。

「HAHAHA、前に来たときはそういう口実で上がったもんな! だが今回は違う。堂々と拉致させてもらう」

「堂々と…………拉致?」

「そういうわけだ、レッツゴー」

「は? え? ちょっと⁉︎」

 どういうことなのか、詳しく事情を聞く前に奏介の身体はジェロムに軽々と持ち上げられた。まるで彼方を最初に部室連れて来た時のように、肩に担がれた形である。

「そういうわけって、どういうわけですかこれ⁉︎」

「詳しくは後だ。悪いようにはしないさ」

 そう言われても、奏介の心中には塊のような不安と困惑しかなかった。だが抵抗しようにも、ジェロムの規格外な筋肉にインドアな奏介が太刀打ちできるはずもない。奏介はそのまま連行されていく。

「車に乗るぞ。ここから先は楽しいドライブだ」

「車、ですか……」

 いよいよ今日中には帰れなさそうな雰囲気になってきた。また北海道まで逆戻りか、あるいは反対の九州、沖縄か。最悪、海外まで連れ出されることも覚悟しないといけないかもしれない。どう考えても、ちっとも楽しい気がしない。

 げんなりしていると、停車しているらしい車のエンジン音が聞こえてきた。続いて、ドアの開く音。担がれた体勢から、そのまま車の後部座席へ強引に押し込まれる。まさしく、お手本のような拉致。

 そこから流れるような動作でドアを閉めると、車は無駄のない動きで発進。細い道ばかりの住宅街をスムーズにすり抜けて、すぐに大通りへと出てきた。

 そして、この時点で奏介は気がついた。

 窮屈な後部座席。煙草臭い車内。時代遅れにやかましいエンジン音。全方位から感じる懐かしさ。

「部長、この車って……?」

「気づいたみたいだな」

 ジェロムが答える前に、運転席から聞こえてきた声。

「もしかして……足利さん?」

「久しぶり。……いや、久しぶりという程でもないか」

「だな。2人がこっちに搬送されてからまだ2週間も経ってない」

 ジェロムに指摘され、まだそんなものかと思う。奏介の中では、もう旅の終わりから1ヶ月以上経過しているような感覚があった。

「それにしても……足利さん、あの時のケガは⁉︎ 捕まってなかったんですか⁉︎」

「ああ、よくわからんが気づいたら入院していてな。まだ完治じゃないが、どうにか歩けるまでには回復した」

「奏介、実は足利のやつ、病院抜け出したらしいぞ」

「そう言うジェロムが急かすのが悪い」

 軽音部の部長であるジェロムと、北海道で旅を共にした足利。奏介から見たら接点の全く異なる2人が、遠慮ない会話を交わしているのが奇妙で仕方ない。

「それで、ジェロムは今日何するか奏介に話したのか?」

「ノー、まだ話していない」

「もう伝えておいた方がいいんじゃないか? 話したところで、奏介君の答えは1つしかないだろうけどね」

 ここまでのやり取りを聞いて、奏介は勘づいた。そもそも、ジェロムだけでなく足利が関わっているとしたら。

「……もしかして、彼方に関係する話ですか?」

「イエス」

 言い澱むことなく、ジェロムは断言した。

「これから行く場所に、彼方がいるんですか? 生きている彼方に……会えるんですか?」

「それも、イエスだ」

「彼方はどこにいるんですか?」

「それは言えない」

 やはり、ジェロムの答えははっきりしていた。

「北海道ほど遠くはないさ。ただちょっと距離がある。だから高速に乗って行くことになるが……奏介には、少しばかり覚悟が必要になるかもしれない」

「覚悟?」

「遠野彼方は、音構に見捨てられた」

「そんな……」

「音構は、完全に彼方から手を引いた。ホワイ? それは、きっと会えばすぐにわかる。そして、その真相を自分の目で確かめて受け入れる必要がある。覚悟ってのは、そういうことだ」

 にわかには、信じられない話だった。でも、本当ならあの音構が彼方から手を引くだけの重大な理由があるはずだった。

「どうする、奏介? 車はこれから柏インターチェンジを経由して高速に乗る。引き返すなら、その前だ。引き返しても誰も責めないし、俺達もそこから先は何もしない」

「そんなの……決まってるじゃないですか」

 車が国道16号に合流する。すぐ近くに緑の標識。柏インターチェンジまであと1キロ。

「俺は、彼方に会いに行きます」

「彼方が、どんな状態だったとしてもか?」

「会いに行きます」

 奏介は、もう一度言った。ジェロムは、にやりと笑った。

「オーケー、ナイスな決断だ奏介! 流石は俺の見込んだ男!」

 奏介はジェロムにばしばしと背中を叩かれた。力が強すぎて、むせそうになる。

 それから間もなく、3人を乗せたジムニーがインターチェンジに乗った。東京方面に進路を取る。北海道で見かけたような検問はない。だが足利いわく、都内に入ると再び検問が復活しているらしい。

「奏介君、ガムでも食べるかい?」

 高速道路の本線に乗るあたりで、足利が運転しながら後ろに差し出した。銀色の紙に包まれた、粒ガムが2つ。

「ありがとうございます」

 2つとも受け取って、紙を剥がすと白いガムの粒が転がり出てきた。そのまま、口の中に放り込む。噛むと、普通のガムよりも柔らかかった。それに、妙な甘ったるさがある。まるで、子供用の風邪薬みたいな。

 すると、奏介の瞼が急激に重くなってきた。手遅れながら、察した。これは、ただのガムじゃない。

「すまないね、奏介君。場所が割れたら困るので、到着までしばらく寝てもらうよ」

 ああ、やっぱりそういうことか。自分の不用心さを呪いたくなる。しかし、もう眠すぎて抵抗はもちろん、言葉すら出てこない。奏介は足利の運転に身を任せるしかなかった。

「ソーリー、そしてグッバイ、奏介」

 ジェロムの挨拶を最後に、奏介の意識は深い眠りの中に落ちていく。

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