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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
エピローグ
166/177

「何か、言うことあるでしょ?」

 梨音は頭を押さえたまま死にかけている奏介に言った。

「えっと……ごめんなさい」

「それは、何についての『ごめんなさい』なの?」

「……勝手にいなくなったこと」

 梨音が彼方と失踪とジェロムズの活動休止にショックを受けていた頃。奏介は梨音の元からいなくならないと約束した。しかし、結果的に破る形となってしまった。当然、約束を忘れたわけじゃない。だが、忘れていない分だけ、なおさら罪は重い。

「別に、そのことはいいのよ。さっきの一発でチャラ」

 予想外。随分とあっさりとした反応で拍子抜けする。

「……本当に、いいの?」

「何? もう一回食らいたいの? 今度は顔面で平手打ちにする?」

「いえ、結構です。すいません」

 ちゃんと丁重にお断りしておかないと、本当に一発かましてきそうな勢いだった。

「そんなことよりも、あたしが知りたいのは……彼方のこと」

「それは……そうだよな」

 やっぱりみんな気になるのは、そこなんだ。彼方について。いくら自分が逃げようとしても、ついてくる。

「夏樹さんも、さっき来たんでしょ?」

「ああ、来てた」

「お見舞い来る前に、ソウが入院したって聞いてから夏樹さんと連絡した。彼方のことは無理に訊かないようにしようって話したんだけど……ごめん、やっぱりあたしは無理」

「梨音……」

「ソウの携帯からメッセージが来た時、きっと彼方の行方について何か手がかりを見つけたんだと思った。だから、あたしは知りたい。彼方はどうしていなくなったのか。部長の失踪も関係があるのか。彼方と2人で、ソウは何を見てきたのか。彼方は今どこにいるのか。彼方の正体は……何者だったのか」

「……」

「きっと、ソウが入院して戻ってきたくらいだから、彼方の身にも何か起こってるんでしょ? こんなこと、今の奏介に聞くのは間違ってると思うし、申し訳ないって思うけど、だけどどうしても心配なの!」

 梨音は訴える瞳で奏介を見た。

「だって彼方はあたしの、大事な友達だから」

 思い出した。街を出た雨の日。夕立の中、自分達を探していた梨音。それを見つけた時に言った、彼方の言葉。

「……彼方も、同じことを言ってた。『梨音は、大切な友達だから』って。それで、梨音を巻き込みたくなかった、とも言ってた」

「……そんな……彼方……」

 そこから先の梨音の声は、言葉になっていなかった。

「結局、俺も今は彼方がどこにいるのかわからない。……彼方を取り戻せなくて、ごめん」

 それ以上、奏介は梨音の質問に答えることはできなかった。

 久しぶりに、梨音の涙を見た。ジェロムズが止まった、あの日以来の涙。

 彼方と歩んだ旅の記憶が絶え間なく思い出される。それでも、ゲンコツの痛みも含めて頭痛は薄らいできた。

 だけど、代わりに胸が痛んだ。

 しくしくと、締め付けられるように。

「ソウ」

 梨音が呼んだ。奏介が寂しさと虚しさに浸っている間に、梨音の目の色が変わっていた。何かを決意したような目。

「改めて、バンドやろう」

「バンド……?」

「ジェロムズが休止になってから、元々やろうって言ってたでしょ? ……そのことも忘れたの?」

 梨音の疑念を前に、奏介は慌てて弁解する。

「いやいや、それはさすがに覚えてるって。でも、何でいきなり今?」

「……どんな形でもバンドを続けてれば、また彼方に会えるかな、って」

 梨音の理屈には、まるで根拠がない。だけど。

「それに、もし彼方が帰ってきた時に『おかえり』って言える場所、絶対に必要だと思うから」

 梨音の希望的観測と優しさに、自分も足並みを揃えたい。奏介は強く思った。その方が、寂しさに打ちひしがれているより何倍もマシだ。

「バンド、やろう。絶対にやろう。彼方の居場所、用意して待ってよう」

「……今度は約束、破らないでよ?」

「もし破ったら、もっと全力で殴ってくれていい」

「言ったな? それじゃあ破ったら顔面にグーだから! あたしは有言実行だから、絶対だよ!」

「おう、望むところだ」

 いつしか、2人の表情は笑顔に変わる。

 やっぱり、自分達を救うのはバンドであり、音楽なんだと思う。そして、きっとそれは彼方も同じだ。

 鈍色の刃と彼方の血潮は、今も奏介の脳裏に焼き付いている。

 それでもきっと、奏介は後悔を抱え、奇跡を祈り続けながら、ずっと彼方の帰りを待ち続けるしかない。

 仲間で奏でる音楽とともに。

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