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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
エピローグ
165/177

 それから、その日は野中と名乗った担当医から簡単な説明を受けた。

 自分は麻酔銃に撃たれた結果、3日間眠り続けていたこと。その間に柏市内の大学病院まで搬送されていたこと。実際の効力よりもかなり長く眠っていたが、その原因は疲労によるものと思われること。しかし、念のため検査は必要なので今日から明日にかけて実施すること。検査が終わり次第、退院になるということ。などなど。

 それから、自分は何もしていないはずなのに地味に慌ただしい入院生活が始まった。問診。血圧測定。採血。看護師さんが入れ替わり立ち替わりに来ては、検査のメニューをこなしていく。検査が一区切りついたと思ったら、今度は続々とお見舞いの人がやってきた。休む暇のない感じだが、暇を持て余すよりはいいのでありがたい。

 最初にお見舞いに駆けつけたのは両親だった。ほぼ家出同然な形でいなくなって、帰ってきたと思ったら入院している。そんな状況だから奏介は大目玉を覚悟していたが、意外とお叱りはあっさりしたもので、むしろ色々と心配してくれた。どうやら音構側からこの件について「丁寧な説明」と「手厚い保障」があったらしい。父いわく「老後の金の心配がいらなくなるレベル」だとか。奏介はオトナの世界を垣間見たような気がした。

 両親の次にやってきたのは、夏樹さんだった。夏樹さんはお見舞いに、今年の夏限定の新作スイーツ・夏ミカンシャーベットと、秋に出す予定の試作スイーツ・モンブランのシフォンケーキを持ってきてくれた。

「いやいや、飲食の制限とかなくてよかったよ! それでこの夏ミカンシャーベット、味どうかな?」

「ん、うまいっす」

「それじゃあこっちのシフォンケーキは?」

「うまいっす」

「うーんその感想は嬉しいんだけどもっと具体的に!」

「……すごくうまいっす」

「それ1ミリも具体的になってない!」

 夏樹と奏介は、逃避行前と何ら変わりのない会話を交わした。他には最近の店の様子。夏樹の近況。仕事で見舞いに来れなかった冬馬の話。それから、気になるあいつのこと。

「……梨音は、元気でやってますか?」

「うん、最初は動揺してたけど今は元気」

「そっか、よかった……」

「よくないわ」

「痛て」

 安堵していたところで、不意に額のあたりを小突かれた。地味に効いた。

「女の子を泣かせて困らせて、奏介くんはなかなか罪深いですよ? 彼女にはちゃんと謝っておくこと。いい?」

「はい、すいません……」

 額を押さえたまま、平謝りの奏介。

「ちなみに、今日中に梨音ちゃんがお見舞いに来るらしいから。ちゃんと心の準備をしておくように!」

「マジですか……」

「それから、もう1つ」

 すると、夏樹の表情が神妙なものに切り替わる。

「落ち着いたら、ジェロムくんと彼方ちゃんの話も聞かせて」

「……はい」

 奏介はシーツの上に置いた手をぐっと握った。一緒に握ったシーツに皺ができる。

「それは、いつか必ず」

「よろしい。それじゃ、お店もあるから私はそろそろ行くね」

 それ以上の言及はなく、夏樹は病室を出ようとする。

 あれだけ彼方を溺愛していた夏樹のことだ。本当は、今すぐにでも彼方の行方やこれまでの足取りを知りたかったはずなのに。夏樹は、ここでは何も聞かなかった。

「夏樹さん」

「ん?」

「……ありがとうございます」

 夏樹は一瞬きょとんとして、それからにかっと笑った。

「どういたしまして!」

 そう言い残して、夏樹は病室を後にした。

 それから、最後の1人。

 夕方、日が傾いてきた頃。渡部梨音はやってきた。

 少し奏介の気持ちが緩んでうとうとし始めた時。いきなり個室のドアを開けられた。ノックもなく、唐突に。

 奏介は突然のことで、まるで金縛りにでも遭ったかのように固まる。そして、視界に梨音の姿を捉えた瞬間、奏介は察した。

 あ、これはまずい。

 梨音がかつかつと威圧的な足音を立てて近づいてきた。夏樹からの忠告を受けていたにも関わらず、心の準備がまるでできていなかった奏介。梨音の顔を直視できず、何も言えないまま。

 脳天に一撃。

「————っっ!?!?」

 手加減なしの、強烈なゲンコツをお見舞いされた。

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