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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
エピローグ
164/177

 奏介は目を覚ました。

 目に入ったのは、白。ぼやけた真っ白な空間。しばらくして、それがLEDの照明で照らされた白い天井だとわかった。少し遅れて嗅覚や聴覚にもスイッチが入る。清潔感を象徴するような、かすかな薬品の匂い。規則的に聞こえる電子音。

 自分の名前を呼ばれたような気がする。それからすぐに、慌ただしい足音が周囲から聞こえるようになった。何事だろうか。ぼんやりと、他人事のように考える。

「多田奏介さん」

 名前を呼ばれた。少しずつはっきりしてきた意識を、その方向に向ける。白衣を来た男の人が立っていた。

「具合は、どうですか?」

「……よくわからないです」

 今の奏介には、わからないことが多すぎた。ここはどこなのか。自分はどうしてここにいるのか。自分の存在が、霞になっているような気がした。

「ここがどこかは、わかりますか?」

「……病院、ですか?」

「その通り。では、ここに搬送される前までの記憶は、覚えていますか?」

 最初、記憶は真っ白な霧の中だった。だが、少しずつ晴れていく。

「……北海道……野付半島……夜明け……」

 言葉にするたびに、鮮明になる。薄れる霧の中に人影が見える。最後に見た景色。世界の果て。その真ん中で歌った彼女は最後に——

「……彼方……彼方!」

 思い出した。最後に大輪の花を咲かせるかのような歌を紡ぎ、散っていった彼方。真っ赤な血。まさに花弁の如く散らして。白くなった肌。鈍色のカッターナイフ。脳内で絶え間なくフラッシュバック。

「っっ————‼︎」

 天と地がひっくり返りそうなめまい。それから頭の中心を突き刺すような頭痛に襲われた。周囲の音と白い天井が遠くなっていく。

「落ち着いて。ゆっくり深呼吸をして」

 あまりの苦痛で、白衣の男に縋るようにしがみつく。彼の言葉に従い、大きく息を吸って。吐いて。何度か繰り返して、奏介は冷静さを取り戻した。周りの空間が、正しい位置に戻ってくる。

「すいません、一度に多くのことを思い出させ過ぎてしまいましたね」

「いえ……ただ、1つだけ教えてください」

 まだ荒い息づかいのまま、奏介は訊ねた。

「彼方は……遠野彼方は、どこにいますか?」

「それは、私にはわかりません」

 彼は迷いもなく明確に答えた。

「申し遅れましたが、私はあなたの担当医で野中と申します。あなたの現在の容態、今後の健康状態の不安については相談に乗れますが、それ以外のことについてはお答えできません」

 きっと、本当に知らないのだろう。だから、奏介もそれ以上問いただすことはしなかった。

「……わかりました」

 今は、そう答えるしかなかった。半ば、諦めに近いような心境で。

 自分はやっぱり、彼方を守れなかったのかもしれない。

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