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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
6.ワールズエンドの歌姫
162/177

31

 夜明けが来た。

 朝の光が、奏介の歌を彩った。海面に反射する光。朝露に溶ける光。夜を染める光。奏介と彼方を取り巻く朝の光が、躍っている。1日の始まりと旅の終わりに相応しい景色が見える。そして、その中心に立つのは、彼方だ。

 彼方に、ありったけの気持ちを込めて歌った。「好き」とか「ありがとう」とか、本当はそんな言葉だけでは表しきれない想い。それも音楽と歌に乗せれば、きっと届く。

 だから音楽は、歌は最高なんだ。

 すると、奏介が演奏を終えるのとほぼ同時。2人きりだった世界の背後から、招かれざる客がやってきた。いずれやって来るだろうと思っていた。手下を4人ほど引き連れた、河合の姿。手下は奏介と彼方に向けて拳銃を構え、河合は薄っぺらい拍手を鳴らす。

 来るべき時が来た。

「素晴らしい歌でした」

「別に、あんたのために歌ったんじゃない」

「そうですか、それならそれで結構」

 遠くにいても威圧感の伝わる鋭い眼光。口元は笑っているが、目は笑っていない。

「さあ、遠野彼方。いや、MiX。戻って来るんだ。世界中のファンが君を待っている」

 呼ばれた彼方が振り返る。差し伸べられた河合の手をじっと見つめている。

 今さらになって、奏介は思う。

 自分は覚悟を決めていたつもりだった。だとしたら、この後彼方のことはどうするつもりだったのか。

 世界の果てまで連れてきた。ただそれだけで、終わってしまっていいのか。このままでは、また彼方は囚われの身に逆戻りだ。

 いつの間にか、目的と手段がすり替わっていた。旅の終わりは、1つの通過点にすぎない。本当に大事なのは、旅を終えたその後じゃないか。

 自由になるだけじゃいけない。彼方は、自由であり続けなきゃいけない。

 銃口と河合の視線が睨みを効かせる中、奏介の足が自然と動く。彼方と河合の間へ。

 不思議と、恐怖はなかった。

「何をしている」

 氷のような、河合の冷徹な声が響く。それを、奏介は正面から受け止めて言った。

「彼方を、音構に戻すつもりはない」

「貴様……!」

 一瞬、その目に怒りを宿したが、すぐに河合は冷静さを取り戻す。

「しかし、戻すつもりはないとして、どうやってこの状況を切り抜ける? それだけの大口を叩くなら、さぞかし驚くような秘策があるんだろうな? どうだ?」

 そんなものは、どこにもなかった。

 もし自分が少年漫画の主人公だったら。この逆境を隠し持っていた必殺技や、天才的な閃きと機転で打破できるのかもしれない。だが、普通の高校生にそんな武器があるはずもない。手元にあるのは、使い慣れたギターだけ。

「ないか? ないのか? この……愚か者が!」

 端正な顔を歪めて、河合は嗤う。その目は物理的にも精神的にも、奏介を見下していた。目の前の下等種族を、蔑んでいた。

 きっと、河合は勝ちを確信しただろう。逆に奏介は、勝てる気がしなかった。こんなやつを、どうやって出し抜けばいいんだ。

 そして、容赦なく河合はその手下に命令を下す。

「遊びは終わりだ。2人の身柄を速やかに確保しろ」

 銃を構えたまま静止していた、河合の取り巻きが一斉に動き出す。銃を構えたまま、奏介と彼方に迫ってくる。

 ああ、やっぱりこれはどうにもならない。

 奏介が何もかもを諦めた時。

 歌。

 奏介のすぐ後ろから。振り返る。最初の第一声から心を揺さぶってくる旋律。透き通るような儚さと、芯のある力強さを宿した歌声。

 それは、間違いなく彼方の歌だった。

 それは、聞き覚えのある歌だった。

 ワタリドリ。

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