30
朝に濡れた、孤独の小道を歩く。
海がぐっと近くなった。生い茂っていた草花は海水の染み込む砂浜になった。そして、歩いてきた道も終点にたどり着く。
空と海と大地。3つが全て交わる地平線の始まり。あるいは境界。
至る所に朽ち果てた木々の成れの果てが転がっている。立ち枯れの木も数本、力なく佇んでいる。まるで砂浜で打ち上げられて捨てられた、花火の残骸のように。
純度の高い寂しさに包まれた場所だった。しかし、その空気は優しくもあった。ここなら、誰も彼方の存在を責める者はいない。彼方の自由を奪う者もいない。
ここが、世界の果てだ。
「彼方、1人で立てる?」
奏介は彼方からそっと、自分の身体を離した。離れる間際で彼方の手に力が入ったが、どうにか1人で立ってくれた。2人分のギターケースは、砂浜の上に降ろす。
ここで、2人の逃避行は終わる。手負いの足利も、そのつもりでここまで連れてきてくれたんだろう。覚悟を決めなければならない。奏介はそう悟っていた。
「だったら……最後に歌ってやる」
たぶん、残された時間は少ない。ケースを解いて、ギターも自由の身に。丁寧なチューニングは飛ばし、だいたいの音が合った時点でじゃかじゃかと鳴らす。そのままイントロへ爽やかに駆け抜ける。
徐々に広がる朝焼けを背にして、彼方と正面から向かい合う。
奏でるのは、最後に海渡が残してくれた音楽。奏介がギリギリまで歌詞を書き続けた曲。タイトルは、一昨日仕上げた手書きの歌詞には『No title』とある。
結局、奏介は最後まで書き上げることができなかった。1番の歌詞が、どうにか形になったところまで。
でも、それでも歌うなら、今しかない。
奏介は、未完成の歌を彼方に届ける。もちろん、彼方以外の聴き手はいない。それでいい。それがいい。
歌い出しと同時に、周囲が明るくなる。
♪
君は鳥籠の中
鍵を解いて空を見上げ
広げた翼はまだ傷ついたまま
青い鳥、夢の続き
チョークで描く
まぶしすぎる空と海がきらめいていた
水平線混ざり合った
僕ら見た夏色は
離れ離れになった
僕らの胸の中
小さな手の内に
握りしめた希望とともに
見上げてた空の彼方