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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
6.ワールズエンドの歌姫
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29

 憂鬱に覆われたような、蒼い世界を歩いている。肩にかけた彼方と2人分のギターケースの重さが奏介にのしかかる。

 今になって、奏介は後悔している。

 ここまで来たら、最後の最後まで自分の気持ちは押し殺しておくべきだった。自分のわがままな感情をぶつけたら、彼方は混乱してしまう。それくらい、少し考えれば読めたはずなのに。

 自分は、どこまでも身勝手な人間だ。そのせいで、彼方の心にとどめを刺してしまった。何が彼方を守る、だ。結局守ったのは、自分のゴミみたいな自尊心だけじゃないか。しかもその生贄に選んだのは、他でもない彼方の心である。ここまできたら、もはや笑い者以外の何者でもない。

「何でこんな俺のこと……好きになっちゃったんだよ」

 そもそも、彼方の気持ちを知った昨日の件以来、まともに彼方の気持ちと向き合っていなかった。宿探しに足利との決別。行方不明になった海渡。夜中の逃避行。色々な出来事が重なり余裕がなかったといえば、その通りかもしれない。だがそんなのは言い訳だ。考える余裕のない環境に、甘えてはいなかったか。内心、安堵してはいなかったか。

「そんなやつを好きになるなんて……やっぱり間違ってる」

「間違い? 違う」

 相変わらず片言な言葉。だけど、そこには奏介が発した言葉への、明確な否定があった。

「奏介。好き。変わらない。ずっと。好き」

「そんな……何でだよ」

 普通なら、喜ぶべき言葉かもしれない。しかし今の奏介には、鋭く刺さる。それが、身体の芯まで滲みて、痛くて痛くて仕方がない。

「そこまで言うなら、理由を教えてくれよ……」

「奏介と一緒。楽しい」

 その瞬間。ふと、彼方の表情にわずかな感情が宿った気がした。

「歌声。褒めた。嬉しい」

 いつの話だろう、と奏介は思った。

「部活。勧誘。嬉しい」

 でもすぐに、出会ったばかりの頃の話だとわかった。

「部活。演奏。楽しい。ドラム、ジェロム。ベース、梨音。奏介、ギター。上手い。楽しい」

 拙くとも丁寧に、過去の記憶を紐解いていく。

「出会えた。親友。梨音。大事。友達」

 最初は明らかに険悪だったのに、いつの間にか親しくなっていた、彼方と梨音。

「オーディション。初ライブ。奏介。似合ってる」

 それは思い出してほしくないなあ。内心思いつつも、今思い返してみれば大切な思い出の1つかもしれない。

「合宿。初めて。ギター。初めて。初めてばかり。わくわく」

 軽音部としても、初めての試みだった合宿。そこで初めて、彼方はギターに触れた。スポンジのように吸収していく上達ぶりには、舌を巻いた。

「星。きれい。屋上。演奏。気持ちいい」

 合宿の夜。部室棟の屋上。思いつきで始めた、ランタンを囲んで4人だけの演奏会。夜の向こう側まで届きそうな彼方の歌声は、今も鮮明に思い出せる。

「フェス。ライブ。感動。歌うこと。楽しい」

 そして、4人で立った初めての音楽フェスのステージ。彼方を含めたみんなが全力で歌い、奏で、楽しんだ。ジェロムズ史上最高のハイライト。観客を1人残らず魅了した、全身全霊のべストアクト。

「外に出た。初めて。北海道。初めて」

 ライブを終え、突如姿を消した彼方。その後初めて知った、彼方の抱えていた秘密。囚われた彼方を解放して、北の大地を目指した真夏の逃避行。

「海渡。いい子。ブルーポート。好き」

 北海道では、喜多見海渡に会った。まるで兄弟のように慕ってくれた彼。だけど、彼はもういない。これ以上、記憶を辿ってはいけない。

「乙江。好き。カモメ島。好き」

「彼方、もういいよ。わかったから」

「乙江駅。赤い。炎……?」

「彼方、それ以上はいいから!」

 奏介が強く制すと、電池が切れたように記憶の再生が止まった。だけど、最後に一言。

「全部……奏介がくれたから……」

「そんな……俺は……」

 それ以上、奏介の言葉は続かなかった。涙を堪えて震え、それでも耐え切れず彼方の前で、泣く。泣く。泣く。

 何かを与えていたつもりはなかった。むしろ、自分のほうが彼方からいろいろもらったんだ。彼方と過ごした日々は、楽しかった。礼を言うべきは、自分のほうだ。

 そして、絞り出すように奏介は言った。

「ありがとう、彼方……」

 少しだけ、身体が軽くなったような気がした。

 夜明けは近い。

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