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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
6.ワールズエンドの歌姫
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28

 薄明るくなってきた視界に広がるのは、原生花園だった。

 見たことのないような種類の草花が生い茂っている。一面の色彩は蒼。空と海と地面の境界が曖昧で、少し靄がかかったような淡い蒼。朝の空気を、ありのまま表現したような色。

 その中に続く一本道。けもの道を一回り広くしたくらい、人間1人が歩ける程度のでこぼこ道。

 そんな悪路を、彼方と奏介は進む。はやる気持ちを抑えつつ、奏介が彼方を引っ張る形で進む。

 すると、唐突に彼方は言った。

「私のせいで、みんな傷ついた」

「……どうしたんだよ、急に」

 そこから、明らかに彼方のペースが鈍る。彼方を引く手が重い。

「ジェロムは捕まった。梨音が泣いてた。足利は撃たれた。世界中の人が、戦争を始めた」

 とうとう、彼方の進む足が止まった。

「足利は怪我したけど……部長や梨音はまだ今どうしているかはわからないし、世界中の人なんて心配してたらキリがない」

「でも、奏介までいなくなった」

 改めて言われて、奏介は言葉を失う。

「奏介は私を嫌いになった。だから、いなくなった。きっとそう」

 奏介の中で、今まで堪えていた何かが崩れていく音がした。

「……そんなことない」

「そんなことある」

 彼方が反論するほど、壊れていく。

「……それは絶対にない」

「どうしてそう言い切れるの?」

 そして。

「俺が奏介だからだよ!」

 とうとう、言ってしまった。

 でも、止まらなかった。もう止まれなかった。

「海渡は死んだ! 乙江の街は焼け野原だ! だから俺がずっと海渡を演じてた! 海渡の振りをして、彼方を見守ってきた!」

 今まで守り続けてきたものを、全てひっくり返してしまった。

「嫌いになんてなるものか! 旅の間だけじゃない! 彼方の歌を桜吹雪の中で聴いたあの瞬間から! 俺はずっと彼方のことを見てたんだ!」

 奏介の口から言えるのは、もはやこの言葉だけだ。

 随分と回り道をしてしまった。しかも、完全に後出しだ。

 男として、最高に格好悪いと思う。

 だけど、どんなに格好悪くても、言うしかないのだ。今更後には退けず、このままでは前に進めない。いい加減、認めるしかない。

「俺も——」

 息を吸った。大きく。


「彼方のことが好きだ!」


 刹那、世界の全てが静止したような気がした。凪いだ海。広がる草木と潮の香り。立ち枯れの木々。全てがぴたりと。

 止まった時間の中で、彼方だけが動いた。

「わからない」

 彼方は言った。

「海渡? 死んだ? 乙江? 焼け野原? 奏介? 好き? どうして? どうして? どうして?」

 ふらついて、倒れこむ。それを奏介は慌てて支えた。

「海渡? 奏介? あなたは誰? 死んだ? 嘘はやだ。 嫌い。好き? 奏介は好き?」

「彼方……彼方、しっかり!」

 うわ言のように垂れ流される、単語の羅列。

 彼方の目を見た。からっぽだった。焦点は定まらず、その瞳には何も映っていない。それでも瞼が閉じることはなく、まるで人形のようになってしまった目が虚空を映していた。

「海渡? 焼け野原? 知らない。乙江。戻りたい。海渡に会う。奏介が好き? わからない?」

 彼方の単語を聞き取るうちに、奏介は気づいた。

 きっと、彼方は乙江の空爆を認識していない。あの時の記憶が、すっぽりと抜け落ちていた。だから海渡の死を認識できず、記憶の整合がとれずに混乱している。

「彼方、落ち着いて——」

 銃声。

 まるで、追い討ちをかけるかのように響き渡った一発の破裂音。聞こえた向きは明らかに自分達がやって来た方角。つまり、まだ足利がいるかもしれない方向だった。

 考えられるのは、河合ら追っ手がすぐそこまで来てしまっているということ。それから、足利がもしかしたら。

 そこまで考えて、奏介は嫌な想像を無理矢理振り払った。

「……行こう」

 昨夜から、何度目かの「行こう」。そのたびに彼方はちゃんとした反応を示していたが、今回は違う。

「行く? どこに? わからない。乙江? 行きたい」

 まるでロボットのように、単語を並べ続ける彼方。そんな彼方を負傷兵のように肩で支えながら、奏介は歩を進める。

 世界の果てまで、きっとあと少し。

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