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その背中が見えなくなって、しばらく経った頃。
「やあ、久しぶりじゃないか」
足利は言った。相手は、開け放たれたままだったドアの前に立つ男。
痩身かつ長身。余計なしわのないグレーのスーツ。銀縁のメガネと切れ長の目。オールバックの黒髪。まるで存在そのものが鋭利な刃物のような男。
「こんな形で、会いたくはなかったがな」
河合は、吐き捨てるように言った。
「ガキ2人は、どこにやった?」
「さあね……僕に愛想をつかして逃げ出したよ」
「真面目に答えろ」
「真面目に答えてる。そもそも……ここまで来て今更行方をバカ正直に漏らすか、って話だ」
「……まあいい、こっちで探せばいいだけの話だ。クソ、面倒なことをしやがって……ここできっちり落とし前をつけてもらうぞ、足利」
「何だ、思い出話をする余裕もないのか……残念だな。何でこんなことをしたのか……とか訊かないのか?」
「どうせただの嫌がらせ、とか言うんだろ?」
「ご明察」
「このクソ野郎が」
河合は舌打ちする。
「まあいい……どうせこれで最後だ。負け犬のお前から、何か言いたいことはあるか?」
河合は手を伸ばした。その手に収まるのはグリップとバレルのついた、黒い鉄の塊。鋭い空洞が、足利の眉間あたりに狙いを定めている。しかし、足利が動じる様子はない。むしろ、笑っている。
「何がおかしい」
「いやいや、河合……君は相変わらずの早とちりだな」
相変わらずの凄みを感じる笑み。しかし、そこに奏介や彼方に見せた清々しさはない。肉食獣が獲物を見つけたような、獰猛さだけが抽出されている。『負け犬』という表現には到底相応しくない表情。
「ここに……君のターゲットである遠野彼方はいない。本当に君が勝利宣言をするなら……彼女達の身柄を押さえてからじゃないのか?」
「お前の助けを失った今、ただのガキ2人に何ができる?」
「さあな。だが……僕はあの2人にまだ期待している。まだ何か……やってくれるんじゃないかってな。あいつらは……ただのガキじゃない。実際、お前もよくわかっているんじゃないのか?」
話しているうちに、足利の顔色は青白くなっていく。初めの獰猛さは消え、息も荒い。もはや、彼の体力は限界だった。
「さあ……僕が言いたいことは言った。早く楽にしてくれ。事の顛末は……地獄で見届けてやる」
「お前のことは、天国にも地獄にも連れてくつもりはない」
河合は引き金にかかる指へ力を込める。
「じゃあな、足利」
不意に、意識が遠のいていく。その一瞬とも永遠とも取れるような時間の中で、足利は世界が真っ白に塗り潰されていくのを見た。
ああ、これこそが、自分が見たかった世界の終わりなのかもしれない。
悟りを見い出したところで、足利の意識は消滅した。