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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
6.ワールズエンドの歌姫
157/177

26

 東の空が、青白く染まっていく。

 いつの間にか、朝がすぐそこまでやってきていた。

 もう奏介の眠気は覚めていた。隣に座る彼方も、ぱっちりと目を開けて真っ直ぐ正面に伸びる道の一番遠いところを見ている。足利は、ただひたすら無言で車を運転していた。

 道路の中心をなぞる白線が、ジムニーをやがてたどり着く旅の終着点まで導いていく。すると、道の途中で不意に周囲の景色が変わってきた。

 いくつかの交差点を曲がって直進すると、やがて道の左側に海が見えた。

「海だ」

 彼方が唐突につぶやいた。朝焼けの近い空と比べると、まだ深い夜を湛えた水平線。さらに道を真っ直ぐ進むと、道が陸地と切り離されるようになって、右側も海の群青に染まった。今、自分達を乗せた車はまさに、海を渡っていた。

 橋のように続く道。それに沿って、海風に晒されて傾きかけた電柱の連なり。今までで一番、広く見えた世界。だけど、そこに自分達以外誰もいない。

 やがて、再び右側から陸地が近づいてきた。しかし、そこにあるのは海水に侵食されてしまった立ち枯れの木々。とうとう、世界の終わりにやってきてしまったような。本当に、このまま帰れなくなってしまいそう。それでもまだ、道は続く。

 道の前に建物が見えた。ログハウス風の、比較的小綺麗な木造建築。その横で、青い看板が寂しげに北方領土の返還を訴えている。

 それを見て、奏介は強烈なデジャヴに襲われた。

 ログハウス。海沿い。看板。青。

 ああ、これはそっくりだ。ブルーポートカフェと同じ匂いがする。

 そして、奏介ですらこれほど感情を動かされるということは。

「ブルーポート!」

 彼方は叫んだ。狭い後部座席の中で、飛び上がりそうな勢いで。やっぱり彼方にも、そう見えるのだ。これは、ただの偶然だろうか。

「……停まるぞ」

 彼方とは対照的に静かな口調でつぶやいた足利は、そのまま建物前の駐車場に車を停めた。

「車はここまでだ。彼方君も喜んでいるみたいだし……ちょうどいいだろう。これも……何かの縁かもしれない」

「でも、この後俺達はどうしたら……?」

 すると、足利はある一点を指差した。

「2人で向こうにある、草原の中の道を行け。その先に……世界の果てがある」

「2人って、足利さんは行かないんですか?」

「ああ……僕はどうやらここまでらしい」

「どうして⁉︎」

 すると、彼方は足利が座る運転席を覗きこんだ。そして、気づいてしまった。

「足利、撃たれたの?」

 まさかと思う。銃撃を受けた瞬間を、記憶の限り思い出す。

 足利は最後に車へ乗り込んだ。その間に聞こえたのは4つの銃声。2発は車体の金属部に当たって、1発は窓ガラスを割った。そして、残りの1発は。

「僕としたことが……迂闊だった」

 足利は、よく見ると脇腹を押さえていた。押さえる手は、黒に近い血の色で染まっている。

「すまないが、先に行ってくれ」

「いやだ」

 はっきりと、否定の返事。答えたのは彼方だった。

「足利も、一緒に行く。行かないなら、ここにいる」

「ここで会うんだろ! 多田奏介に!」

 足利の叫びに近い言葉で、彼方はびくりと身体を震わせた。

「急ぐんだ……きっとすぐ追っ手も来るし時間がない。それにここで会わなきゃ、きっともう会えない。そこに居合わせるべきは……海渡君、奏介君、それに彼方君だ。間違っても、僕じゃない」

 がちっ、とドアロックの外れる音がした。

「さあ行け。僕なんかのことは、後からどうにでもなる」

 奏介はドアを開けた。海から吹く風は、肌寒い。

「行こう……姐さん」

 彼方は何も言わなかった。代わりに、奏介が手をつないで降車を促しても、特に抵抗することなく車を降りた。

「足利さん」

 最後、車に残る足利に奏介は言った。

「……ありがとうございました」

「礼なんていらないさ。今は急ぐんだ」

 奏介が深々と頭を下げる。

「またね、足利」

 その後で、彼方が無表情ながらも寂しげな瞳を向けて言った。

「ああ、またな」

 足利は返した。もう「また」はないだろうと思いながらも。

 そして、足利は世界の果てを目指す2人の背中とギターケースを見届けた。

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