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「よし、到着だ」
足利が車のサイドブレーキをかける。駐車場に降り立つと、目の前には小学校の校舎があった。歴史を感じる、まるで倉庫のような造りの木造2階建て。
あれから、奏介が地元の子供達から学校の場所を訊き出して(最初は足利が訊こうとしたが、風貌のせいか子供達から警戒されたので途中で奏介に替わった)無事に学校へとやってきた。案の定、外から見た限りでは自分達以外に誰かがいる様子はない。
とりあえず校舎をぐるりと1周してみる。校庭。体育館。昇降口。確認してもやっぱり人の気配はない。学校内は無人と考えてよさそうだ。
「しかし、奏介君はいいところに目をつけたな」
奏介が閃いたアイデア。それは学校でキャンプする作戦だった。学校なら雨風をしのげるのはもちろん、保健室にはベッドがある。電気もガスも水道も通っている。そして、何よりお金がかからない。自分達にとってはこれ以上ない、格好の宿泊施設だった。最大の不安要素は見張りの存在だったが、それもないとなれば、こっちのもの。
「ここをキャンプ地とする!」
「……足利さんどうしたんですか急に?」
「何だ知らないのか? 北海道じゃ昔のバラエティ番組で有名な名言なんだが?」
「知らない」
彼方がばっさり切り捨てて、足利が「ジェネレーションギャップか……」と残念そうにつぶやいたところで3人は中への侵入を試みる。
しかし、ここにもう一つの問題がある。戸締まりである。見張りの人間がいないということは、逆を言えばいなくてもいいようにがっちり鍵がかかっているわけで。
その辺りを奏介が足利に相談すると、「何だ、そんなことか」と余裕の表情。
「とりあえず、鍵穴のついてるドアを探してくれるか? なるべく人目につかないところがいい」
「わかりました」
再びぐるぐると校舎の外を探っていると、奏介は南京錠のかかった引き戸を見つけた。普段は使われてなさそうな、裏口のような場所。扉も南京錠も年季が入っていて、塗装が剥げたり錆びついたりしている。
「よし、それじゃあちょっと待っててくれ」
そう言うと、足利は南京錠の前でしゃがみ込む。同時に、ポケットから何か怪しげな工具を取り出した。手慣れた様子で鍵をいじくり、それから10秒もしないうちに南京錠が硬い音を立てて地面に落ちた。
「開いた」
足利が静かに言った。すぐに入ろうとして身を乗り出した2人を制し、今度はペンライトを別のポケットから取り出した。足利はそっと片目で覗ける程度の隙間から、細い明かりで照らして中を確認する。
「監視カメラは無さそうだ。行こう。なるべく足音は立てないように」
まるで突入部隊のように隊列を組み、廊下を進んでいく。足利が先頭で、その後に彼方、奏介と続く。彼方と奏介の担いでいるギターが、まるで銃器に見える。
一歩踏み出すごとに、ぎしぎしと木製の床が鳴いている。校内も一通り確認したが、やはり人がいる気配はない。それでも奏介はずっと気を張っていた。最後にやってきた保健室にたどり着くまで、心臓の音はやけに大きく頭に響いていた。
「……大丈夫そうだな」
足利のつぶやいた一言で、ようやく張り詰めたままだった緊張の糸も解れた。自分達よりも、修羅場を多く経験した足利が言うなら間違いない。そんな信頼と実績による安心感があった。
すると、足利は荷物を置いて背筋を伸ばして。腕を組んで仁王立ちの姿勢で。
「ここをキャンプ地とする!」
改めてそう宣言した。