17
彼方を置いてきぼりにして、芝生が広がる真ん中で仰向けに倒れた。
きれいな空だった。その中を、1機の飛行機が泳いでいる。きっと自衛隊の飛行機だ。国を護る戦争をしに行くのだ。そして、顔も知らない誰かを殺し、傷つけるのだ。いなくなった海渡や、心を壊した彼方のように。
この世界は、美しい地獄だ。今すぐに来てくれないか。ここに、本物の救いの天使が。
「何をしている」
来た。
だけどそいつは天使なんかではなく、足利だった。奏介のことを見下ろしている。相変わらず、鋭そうな観察眼を宿して。
「……俺、もうよくわかんないです」
「わからない? 何が?」
「いろいろ、わかんないです。何で彼方が俺を認識してくれないのか。何で海渡と、海渡が住んでいた街が滅ぼされなきゃいけなかったのか。そもそも、何でこんな旅を続けなきゃいけないのか。何で彼方が世界を背負わなきゃいけなくなったのか」
「……答えが欲しいのか?」
奏介は沈黙。
「答えの半分は、それが君達の取った選択だからだ」
「……自己責任、ってことですか?」
「ああ、そうだ。例えば君は昨日、喜多見海渡を演じ続けると言った。僕は後で苦しくなると忠告したが、それでも意思を変えなかった。その結果が今だ」
「そうだとしても、この世界は理不尽すぎる。いきなり街を焼かれて、理不尽以外の何だって言うんですか」
奏介は悔しさで唇を強く噛む。すると、一方の足利は表情を変えずに言った。
「その発言は、間違いない。そこは、君が怒っていい部分だ。しかしそれでもなお世界は理不尽を理不尽で塗り固めて、不都合なものは見ないふりをして動き続けている。この国なんて特にそうだ。出る杭を打ち臭いものには蓋をし続けた結果、取り返しのつかないところまで来てしまった」
「泣き寝入りしろ、って言うんですか?」
「もちろん、それも1つの選択肢ではある。だが、それを積極的に勧めるつもりはない。何せ、僕もそんな現状に納得できずに足掻く人間の1人だからな。……君と同じように」
気づいたら、上空の飛行機は遥か遠くまで飛び去っていた。緑の地面に倒れ臥す奏介を嘲笑うかのように。
奏介は思う。きっと、空から見た今の自分はとんでもなくみっともない姿をしているんだろう。
本当に、情けないと思う。昨日の決意があっさりと揺らいだ自分が。彼方の気持ちをどう受け止めていいかわからない自分が。挙句の果てに、彼方から逃げ出してしまった自分が。
「そろそろ行こうか。彼方君は、先に車に戻っている」
足利は手を差し伸べた。
「……はい」
力のない、短い返事と同時にゆっくり起き上がる奏介。差し伸べられた手を借りた。足利の手は固く、冷たかった。
「さて、旅の続きだ」
眼下で、緑の波がうねる。強く香る、夏草の匂い。
どんなに自己嫌悪を突き詰めても、まだ旅は終わらない。終われないのだ。