14
彼方が寝静まって、再び静かな夜がやってきた。
それでも、あれから定期的に飛行機の駆動音が頭上を飛び越えていく。遅れて戻ってきた足利は、バルコニーから飛行機を見送りつつ煙草を吸っていた。2本ほど吸ったところで、「先に寝る」と言ってソファーを変形させた簡易ベッドで眠りにつく。
時刻は午前2時。起きているのは奏介だけ。奏介は、ずっと部屋にある簡素な机に座っていた。その机に広げられていたのは、散らかった消しカスと1枚のルーズリーフ。
奏介は、決意を固めていた。
バルコニーで聴いた彼方の歌。足利に思い知らされた無力感。真夜中に向き合った彼方の涙。悠々と飛び去って行った軍用機の群れ。断片的に焼きついた光景が繋がる。それが、原動力になる。
海渡が遺した音楽。まだ歌詞のない、未完成の音楽。そこに自分の歌詞を乗せて、完成させる。そして、彼方と一緒に歌う。無力な自分には音楽しかない。ならば、それを完成させなきゃ話にならない。海渡にも、顔向けできない。
いろいろな感情があった。その全てを詰め込みたかった。だけど、上手くまとまらない。輪郭がぼんやりとして、伝えたい思いが結びつく前に消えてしまう。そんなままならない感情の象徴が机に散乱した消しカスであり、筆跡の名残がある白紙のルーズリーフだった。
どうにか形にしなければと思う。しかし、そう考えれば考えるほど、思考は空回り。喉元まで出かかったアイデアも、あと一息で霧散する。それを繰り返していると、やがて睡魔という別の敵が現れた。じわじわと意識を奪い、徐々に瞼が重くなる。
絶対に寝てはいけない。寝てはいけない。寝てはいけない。寝ては————…………。
いけない。
辛うじて残ったなけなしの意識で、奏介はボールペンを手の甲に突き刺した。
「…………くあっ!」
思いのほか力が強すぎて、変な声が出た。勢い余って血が滲んだが、おかげで目が覚めた。
「まだ、終われない」
再び、奏介は白紙のルーズリーフと向き合った。のんびり寝ている時間はないのだ。
とにかく書かねばならない。考えるのをやめた奏介は、断片的な単語の羅列を書き殴った。
意地と執念だけで、奏介はペンを動かした。