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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
6.ワールズエンドの歌姫
144/177

13

 行きの半分もかからない時間で、部屋まで戻ってきた。

「彼方!」

 大至急で鍵を開け、ドアを開ける。そこには、彼方の姿。

 窓を全開にして、バルコニーから大きく身を乗り出した彼方の姿。

「やめろ!」

 慌ててバルコニーに駆け寄る奏介。彼方の身体を背後から掴んで、手すりから引き剥がす。

「あ」

「うわっ」

 焦っていたせいか、離すのに勢いがつきすぎた。奏介は彼方もろとも後ろ向きによろけた上、バルコニーと部屋の段差で思いっきり躓いた。

 やばい、と思ったときはもう遅い。彼方を抱えて受け身も取れない状態のまま、奏介の身体は重力に従うしかなかった。

 盛大な音を立てて、奏介はフローリングの床に墜落する。

「痛……っ!」

 悶絶。また息ができなくなる。

 足利に投げられた時といい、今夜の奏介はやたらと背中を痛める。しかも今回はダメージの蓄積に加え、彼方の重心が容赦なく乗った分余計に効いた。

 それでも、何度かの深呼吸の後で痛みが引いてくる。それと比例して、奏介は徐々に周りが見えてくる。

 自分はフローリングに倒れている。バルコニーから風が吹いている。部屋には1番弱い照明が灯っていて、足利はまだ帰っていない。

 仰向けになる。自分の頭上約20センチ上空に、彼方の顔がある。いつの間にか、彼方が自分にマウントポジションを取っている。身動きが取れない。

「どこにいってたの?」

 頰に温かい感覚が触れた。薄暗くてわからなかったが、涙だ。

「嫌な夢を見て、覚めたら誰もいなかった。私、怖くなった。通路も真っ暗で進めなくて、このままずっと、部屋の中で1人ぼっちになるかと思った……」

 彼方は、泣いていた。孤独を訴える声は、明らかに震えていた。

「もう、1人にしないで……海渡」

 この期に及んでも、奏介は『奏介』ではなかった。落胆すると同時に、当然の報いのような気もした。縋る彼方が、いつかの梨音と重なったから。

『奏介は……いなくならないでね』

 今の彼方と同じ表情で、梨音は訴えた。

『俺は、いなくならないよ』

 過去の自分は、そう答えた。

 しかし、奏介はその約束を守れなかった。その後ろめたさは消えないし、過去の事実を変えることはできない。それは、海渡のことだって同じだ。自分はあまりにも多くの人を傷つけ過ぎた。だったら、だからこそせめて、目の前にいる彼方のことは。

「1人にしないよ……姐さん」

 奏介は手を伸ばし、彼方の頰に触れた。冷たくて、涙で濡れていた。

 自分が何者であろうと、どんなに無力だろうと、世界の果てまで彼方とともにいよう。その先に待ち構えるのがバッドエンドだったとしても、受け入れよう。それが無力な自分にできる、彼方への唯一の救済であり、責務だ。

 不意に、重低音のエンジン音が空一面に響き渡った。1つや2つではない、不特定多数の重なり合って増幅する轟音。

「何だ?」

 2人は立ち上がり、バルコニーから空を見上げる。

「飛行機」

 彼方がつぶやいて、夜空を指し示す。

 点滅する赤い灯を伴って、巨大な飛行機の影が飛んでいた。きっと自衛隊の軍用機だろう。2人の頭上を悠々と通過していく。東から西へ。夜に溶け、渡り鳥のように巨大な群れをなして。

 その目指す先は、焼け落ちた乙江の街か、あるいは新たな戦場か。それは、奏介達にはわからない。しかし、自分の力が遠く及ばないところで、世界が大きく変わろうとしているのを肌で感じた。

 エンジン音が遠く離れていく。2人は西の空に消えていく機械仕掛けの渡り鳥を、いつまでも見届けていた。

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