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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
6.ワールズエンドの歌姫
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 3人を乗せた足利の車は東へとひた走る。

 本当に高速に乗り始めてからは早かった。すぐに内浦湾を抜け、洞爺湖と有珠山を望み、気づけば日の高いうちに道央まで差し掛かっていた。そのうち昼ご飯を食べてから心地よくなったらしい彼方は、こっくりこっくりと舟を漕ぎ始めた。

 これは、思っていたよりも早くいけるかもしれない。

 いやいや、まだ油断してはいけない。まだ何が起こるかわからない。

 奏介の中で、そんな楽観と悲観の天秤がぐらぐらと揺れている矢先。もうすぐ新千歳空港が近づいてくるあたり。

「一か八か、だな」

 唐突に足利がつぶやいた。

「一か八か? 何がですか?」

 すると、足利はラジオの音量を上げた。小さくてノイズのようだったラジオの放送がはっきりと耳に届く。

 交通情報だった。渋滞のエリアを淡々と伝えている。

 高速道路。新千歳空港から交通規制。

「交通規制?」

 すると、放送を聞いてから間もなく渋滞が始まった。間違いなく、交通規制の影響だ。

 ふー、と足利のため息。煙草を吸っていなくても、白い煙が見えそうな気がする。

「こうなったら、流れに任せて様子を見よう。後はこの先の状況次第だ」

 足利はラジオを止める。奏介と彼方は黙って渋滞の先を見つめる。

 いつしか、軍用車両が道路の傍らに止まっているのが目につくようになってきた。それから、小銃を担いだ自衛隊員の往来も見える。

 そして、インターチェンジを越えた先、大規模なバリケードが見えた。ゆっくりと近づくにつれ、その全貌も明らかになる。高速だから当然だが、これまで見たものよりも大規模な検問。高速の本線は関係車両のみの通行になっているらしく、その他の車は出口へと誘導されている。嫌な予感がする。奏介の中にあった天秤が、悲観の方に傾き始める。

「高速、使えなさそうですね……」

「いや、まだ見込みはある。場合によっては運が転がり込んでくるかもしれない」

 そう言うと、足利は出口に向かう車列から外れ、本線へと向かった。当然、停止命令を受ける車。天秤は完全に悲観へと傾いた。

「何やってんですか足利さん⁉︎」

「説得してみる。ちょっとした賭けだが、僕に任せてここで待っててくれ」

 自衛隊の重装備を前にしても臆する様子はなく、丸腰のまま車を降りる足利。すぐに小銃を構えた3人の自衛隊員が集まってくる。遠目から見ても、警戒されているのがわかる。そのうちさらにもう1人、検問を仕切る隊長らしき人物が現れた。足利は大柄な自衛隊員に四方を囲まれる形となった。

 奏介からしたら、どう見ても不安しかない。正直な話、旅が終わることも覚悟した。隣にいる彼方は相変わらずうとうとしているが、最悪無理にでも叩き起こして逃げる用意をしておこうと奏介は考える。

 しかし、よくよく状況を伺っていると緩やかに状況が変わっているようだった。自衛隊員達の緊張がほぐれ、さらにしばらくすると談笑する様子が垣間見えるようになる。最初の警戒が嘘のように解けると、足利は意気揚々と車に戻ってきた。その背後では、道路の封鎖が解除されている。奏介はその経緯を最初から見届けていたはずなのに、何が起きたのかさっぱりわからない。

「よし、大丈夫だ。このまま高速で行こう」

「足利さんって一体……?」

「少し顔が広いだけの、しがないジャーナリストさ」

 再び車は動き出す。正面の道はすでに開かれている。当然、その道は誰も通っていない。さっきまでの渋滞が嘘のよう。

 検問の真ん中を抜け、バリケードや自衛隊員の姿が小さくなっていく。

 ふと奏介が気づくと、隣にいる彼方は目を覚ましていた。遠くなった背後の検問をじっと見つめている。

「無事に通過できたよ。さっき、足利さんが説得してくれた」

 反応がない。まだ検問の方向を見ている。手で視界を遮ってみる。

「……ん?」

 ようやく反応した。よく見るとまだ眠気の抜けきらなさそうな顔で、奏介を見る。

「……どうかした?」

 奏介の問いかけに、彼方はじっと考えて。

「いや、何でもない。気のせい」

 そう言いながらも、彼方は通り過ぎた検問をまだ気にかけている。

 不思議に思った奏介だったが、結局それ以上深く詮索することはなかった。


 その時、彼方には引っかかる部分があった。

 確証はない。だから、気にかける「海渡」に上手く説明することもできない。

 しかし、さっき通った検問の中に——見覚えのある人物がいたような気がした。


 残念ながら、彼方が察知した予感は正しかった。

 検問を警備していた自衛隊員。その中に1人、元音構職員の人間がいた。かつて、彼方が生活していた研究施設で勤務していた職員だ。当時、彼方とは何度か顔を合わせている。その時の記憶が、彼方にはかすかに残っていたのかもしれない。

 一方、元職員の彼ははっきりと彼方の姿を覚えていた。彼方こそが研究対象そのものだったわけだから、当然だ。

 そして、音構の最高幹部である河合は、そういった細かなコネクションも最大限活用する人間である。

 情報は、すぐに河合のもとへと伝わった。

 遠野彼方を乗せた車は、新千歳空港付近を進行中。

 車種はカーキ色のジムニー。これから道東へと向かう模様。車のナンバーは——

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