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少しずつ、渋滞の混み具合が緩くなってきた。長いこと走った海沿いの国道から外れて内陸の山側に進むと、一層車通りは少なくなる。それと比例するように検問も減って、徐々に快適なドライブの旅になってきた。この先にあるのは峠越え。足利いわく、そこを抜けて次の街に入ったらそこから高速道路を使うらしい。
「まだまだ距離的には長いが、時間的に見たら到着は意外と早いかもしれないな」
そうなのか、と足利の言葉を聞いた奏介が漠然と思う。続いて、素朴な疑問が湧く。
足利は一体、どこを目指しているんだろう。
奏介は、記憶が正しければ足利に世界の果てに連れて行ってほしいと頼んでいた。そして、足利もそれに同意したはずだ。しかし、それが具体的にどこを指すのか。自分から話してもいないし、足利から聞いてもいなかった。
「どこ行くの?」
すると、同じ疑問を持っていたらしい彼方が口を開いた。
「私、行き先聞いてない」
「ああ、話してなかったか? それは失敬。だが、君達の希望に沿った目的地であることに間違いないよ」
「俺達の希望……世界の果て、ですか?」
「そうだ。ちなみに稚内でも知床でもない。その場所は北海道の東の果て、野付半島ってとこだ」
「野付半島?」
聞いたことがあるような、ないような。昔学校の地理の授業で習ったかもしれないが、どちらにせよ奏介には馴染みの薄い場所だった。
「そこには、何があるんですか?」
「いや、何もない」
「何もない?」
「当然。あの場所はまさに君達の望む世界の果てだからな。半島の奥へ進むにつれて目に見えて細くなる陸地。車道が途切れて広がる原生花園。さらにその先にあるのは立ち枯れの木々に3方を囲む海。そして無限に広がる水平線。まるで異世界に紛れこんだかのような空間だそうだ」
足利の言葉を拾い集めて、奏介はどんな場所か想像してみる。だが今ひとつピンとこない。まるで雲を掴むような感覚。
「……と、格好つけて言ってみたはいいが、全部知り合いからの又聞きだ。実のところ僕も行くのは初めてでね」
そう言って、足利は苦笑い。
「だから、実際に自分の目で見た景色がどんなものなのか、僕も楽しみだよ」
もしかしたら、だいぶ誇張した表現だったのかもしれない。あるいは、こんな景色だったらいい、という願望も込められていたのかもしれない。
「足利」
すると、再び彼方が訊ねる。
「足利はなぜ、果てを目指すの?」
足利の表情は、窮屈な後部座席からは見えない。だが、それでも足利は答えに迷ったように見えた。
「そうだな……僕も、君達と同じようなもんなんだろうな」
「それは、答えになってない」
「そうか。だとしても僕はそれ以上のことは言えないな。すまないね、彼方君」
結局彼方からの問いについて、それ以上足利から答えることはなかった。
足利の旅の目的は何なのか。どうして足利は、自分達を野付半島まで連れて行ってくれるのか。
謎が謎を呼ぶ。足利という存在に、霧がかかってわからなくなる。
しかし、それでも旅は終わらない。全てを失った2人は、足利を頼るしかなかった。
「……音楽でもかけようか」
足利は、プレーヤーに入ったままだったCDを再生させる。
奇しくも流れた音楽は、スピッツの「僕はきっと旅に出る」だった。
もしかしたら、自分達も不思議な景色を探しに行きたいだけなのかもしれない。