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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
6.ワールズエンドの歌姫
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『——乙江町の状況ですが、一夜明けた現在も至るところで火の手が上がっています。そして、朝になるとその悲惨さが目に見えてわかります——』

 足利は車のラジオをつけて、数秒で止めた。

「交通情報を聞きたかったんだが……すまない。君達にはなかなか辛いだろう?」

「いえ……大丈夫です」

 車は海沿いの国道を北上している。大渋滞というほどではないが、途中に数カ所設置されていた検問(何故か自分達の車はすんなり通過できた)のせいもあって混雑が続いている。足利いわく「北海道でこんなに道が混むのは、自分が知る限り札幌以外では初めてのこと」らしい。

「とはいえ、昨日の今日だから想定の範囲内だな。完全に流れが止まっているわけじゃないし、のんびりいこう」

 そう言って、足利は運転席の窓を開けた。車内に残っていた煙草の残り香が抜けて、代わりにかすかな潮の香りが入ってくる。

 平和な匂いだと思った。昨日一つの街が消えたというのに、空は清々しく晴れて、海は太陽の反射できらきらと輝いている。車内には爽やかな海風が吹いていた。

「いい景色」

 彼方は水平線の続く海側の景色をずっと眺めている。まるで、昨日の出来事なんて綺麗さっぱり忘れてしまったような瞳で。

 正直、雨が降ったほうがよかった。奏介がそう思うのは、中学校の運動会以来だったか。だがその時の同じ願いでも、重みが違う。

 やがて、車の流れが止まってしまった。心なしか混雑が増している気がする。足利はのんびり行こうと言っていたが、奏介はそわそわと焦り出した。こういう時に限って、自分が今追われている身だということを思い出して落ち着かない気持ちになる。

「河合のことが気になるか?」

 河合?

 足利から唐突に出てきた名前。奏介は硬直する。驚きを隠せなかった。

「あの人と知り合いなんですか?」

「まあ……そうだな。腐れ縁みたいなもんだが、彼のことなら心配いらない。僕は彼の味方ではないし、こっちに来ないよう嘘の情報を流しておいた。今頃はせっせと逆の函館方面に向かっているはずだ」

「上手く騙せるんですか?」

「おそらくは引っかかるだろう。人の扱いやコネクションに長けた切れ者だが、実際は単純で隙の多い男だ。焦り出すと、特にそれが顕著になる。あの身なりだって、そんな本性を隠すための見かけ倒しだ。全然似合ってないのにな」

 その言い草からして、足利は河合とは本当に長い付き合いなようだった。そして、奏介と彼方が河合から逃げていることも把握しているらしい。まだ奏介からは、河合のことを一言も話していないにも関わらず。

 奏介はますますわからなくなった。足利と名乗るこの男、一体何者なんだろうか。

 どうして河合を、そこまで知っているのか。自分達の秘密を、どこまで知っているのか。駅舎の中で彼と出会ったのは、果たして偶然だったのか。

 考えれば考えるほど、運転席に座る男の後ろ姿が怪しく見えてくる。ジャーナリストという肩書き自体胡散臭いし、もしかしたら名前だって偽名かもしれない。

 そもそも、藁にもすがる思いで助けを求めたものの、実際は敵か味方かすらもわからない。今は安心させておいて、信用しきったところで拘束されて河合に身柄を引き渡される。一瞬、そんな最悪なシナリオが頭をよぎった。

「ところで、一つ確認したい」

「は、はいっ」

 疑心暗鬼なタイミングで話を振られ、思わず反応が過敏になる奏介。

「2人の名前についてだが、彼女が遠野彼方で、君が——」

「喜多見海渡です」

 足利が言い切る前に、奏介は答えた。

「……そうか、わかった」

 それ以上、名前の話題について足利は何も触れなかった。少なくともこの場面では。

 なんとなく気まずい空気が流れる中、じきに車列がのろのろと前に進み出した。

「この先も長くなりそうだ。あそこで一旦休憩にしようか」

 足利が指さした先に、ドライブインの看板があった。

「わかりました」

 奏介の同意を聞くと、足利は空いている対向車線を横切る形でハンドルを切る。

 3人を乗せたカーキ色のジムニーが、そこそこ混み合う駐車場の隅に収まった。

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