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息苦しさで、奏介は目を覚ました。
それでもまだぼんやりとしている状態で、もぞもぞと身じろぎをする。やたらと窮屈だ。ここはどこだっけ。
やがて、徐々に覚醒してきた意識とともに、ここまでの記憶がサルベージされていく。
昨日、乙江の街が燃えた。海渡を失い、自分達は乙江の駅舎跡に逃げこんだ。そこを昨日出会った男、足利に拾われた。それからはほぼずっと足利の車、窮屈な4人乗りのジムニーに乗ったままだ。
思い出される記憶は、やけに客観的だった。それが寝起きのせいか、あるいはショックが強すぎたせいなのかはわからない。どちらにせよ、まるでノンフィクションの映画を断片的に見せられているかのよう。
記憶の上映会が終わってから、ようやく思考が彼方の安否まで考えられるようになった。彼方はすぐ隣にいた。奏介は声をかけようとしたが、彼方はまだ眠りについていたのでやめておく。
彼方は規則的な寝息を立てている。まだ深い眠りの中らしい。色白の肌が少し朱に染まっている。そういえば夜が明けてから少し暑くなってきたような気がする。それもそのはず、奏介の席は隣に座る彼方に密着するほど窮屈で——
一気に意識がはっきりした奏介は、限られたスペースのなかで限界まで彼方から身を引いた。隣にあったギターケースからぼんっ、と驚いたような音が出た。
「……マジか」
無防備な彼方が近い。すごく近い。そもそも寝息が普通に聞こえる。艶やかな髪や温かな肌が触れる。この距離感はまずい。部活中でも合宿でもライブでも、さらに言えば北海道の旅を始めてからも、ここまで彼方との物理的距離を縮めたことはなかったわけで。
すると、焦る奏介に気づいたらしい彼方が、もぞもぞと動き出した。それからゆっくりと閉じていた瞼が開いて。
「あ……おはよう、『海渡』」
彼方の一言で、奏介からさっきまでの緊張が嘘のように引いていった。代わりに奏介の心に表れたのは、終わりの見えない悲しさと虚しさだった。
まだ、自分は海渡だった。いなくなってしまった、海渡の代わりだった。
それなら、本当の自分はどこにいるんだ。
奏介はぶつけようのない失望を押し殺す。
「おはよう、『姐さん』」
そして、奏介は今日も喜多見海渡を演じる。それが例え海渡の魂に対する冒涜だとしても、演じ続けなければならない。全ては、彼方のために。
空が明るくなってきた。朝に染まる水平線を背に、こちらに向かって歩いてくる人影。ひょろっとした細身のシルエット。くたびれたYシャツ。手に何か持っているのは、たぶん携帯灰皿。
足利が戻ってくる。
また、旅が始まる。