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運命を変える「その時」はすぐにやってきた。
その時。奏介と彼方は街の内陸寄りにあるスーパーで買い物を終えたところだった。店を出た奏介の手にぶら下がるのは、ソース容器のシルエットが浮かんだ買い物袋。
その時。拓渡と春海は夕飯の調理に勤しんでいた。拓渡がじゃがいもの皮を剥き、春海が人参を切っている。今日の夕飯はカレーにする予定だった。それには隠し味のソースが必要なので、さっき奏介と彼方にお使いを頼んだところである。
その時。海渡は部屋に閉じこもっていた。
帰ってきたばかりの海渡だが、そのまま手も洗わずに机に座る。ルーズリーフを引き出しから取り出すと、頭の中にある歌詞を一心不乱に書き殴った。呼吸と同じペースで書き綴り、音楽に乗せて紡ぐ物語はどんどん形になっていく。
迷いはなかった。いや、迷っている暇もないのだ。閃きの奔流が止まることなく思考の中を駆け巡っている。それが遠く忘却の果てへと消え去ってしまう前に、書き残す。
頭の中で音楽が鳴っている。それにはちゃんと歌詞が乗っかっていて、歌われている。想像の中で歌っているのはもちろん奏介と彼方、それから自分だ。この理想像が、もうすぐ現実になろうとしている。
海渡は、もう何も怖くなかった。今の自分なら今日中に何曲でも仕上げられそうな気がした。
そして。
「できたっ!」
その時はやってきた。
窓から唐突に光が降ってきた。1つの巨大な光だ。今までに見たことのない、太陽の光以上にまぶしい光。
あまりにまぶしくて、それを両手で遮ろうとした。
しかし、両腕は蒸発して消えていた。
あれ?
なんだこれ?
その疑問を言葉にする間もなく、海渡の身体は宙に浮いた。
何もわからないまま、海渡の意識は白く塗り潰された。
乙江の街に、一体何が起きたのか。
答えは、ミサイル攻撃だった。
瓦解した旧北朝鮮軍から派生した武装組織【朝鮮統一戦線】所有の潜水艦から放たれた、3発の大型対地誘導弾。それが乙江港を中心とする沿岸の市街地を焼き尽くした。海渡達のいるブルーポートもその例外ではなく、一瞬にして爆風と熱波に呑み込まれた。これによる死者・行方不明者は合わせて乙江町人口の約半数に上り、市街地の約6割が壊滅する事態となった。
この事件は後に『乙江砲撃事件』と呼ばれ、ここから複数の東アジア勢力を巻き込んだ大規模紛争『日本海事変』が勃発することとなる。