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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
5.夏休みの歌姫
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28

 残ったブルーポートの面々は、そのまま駅事務室の中で練習を続けた。練習にのめり込むうち、いつの間にやら時計の針は午後1時。ちょうど海渡の腹時計が鳴って時間に気づいた。

「あー、もうこんな時間だったんすね」

「早いなあ。キリがいいし、ここらへんで昼ご飯にしようか」

「賛成」

 それから3人は、外に出て日陰になっていたホームのベンチでクーラーボックスに入っていた弁当箱を広げる。

 中身はサンドイッチだった。3人で食べ切れるのか? と思うくらいの量がある。そして、その種類も多彩だった。ハムサンド、ポテトサラダサンド、タマゴサンド、ローストチキンサンド、カツサンド。色とりどりで見ているだけでも飽きない、バラエティに富んだラインナップ。さすがはカフェのサンドイッチ。風格が漂っているようにすら感じる。

「うまそー! もう食っていいすか?」

「食べよう食べよう。おしぼりはここに入ってるから」

「いただきます」

 それぞれ思い思いに食べたいサンドイッチを手に取った。海渡はカツサンドに大口を開けてかぶりつき、彼方はハムサンドを少しずつじっくり味わうように食べている。奏介も続いて一口食べた。選んだのは、タマゴサンド。

 ふわっとしつつも、しっかりとした食べ応えのあるバンズ。それに挟まれたクリーミーな卵の食感が、口の中いっぱいに溢れ出した。絶妙な柔らかさを保った半熟卵の自然な風味を、マヨネーズのコクのあるまろやかさが見事に引き立て、調和する。一緒に入っていたレタスのシャキシャキ感が、そこにメリハリのあるアクセントを加える。

「……めっちゃうまい」

 控えめに言って、絶品だった。このタマゴサンドなら、何個でも食えると奏介は思った。

「ハムサンドも、おいしい」

「カツサンドもうめー! 最高だわー!」

 3人とも1つ目をあっという間に平らげて、ほぼ同時に2つ目へと手を伸ばした。そこからやめられない止まらない、といった勢いで2つ目、3つ目を黙々と食べていく。どれもあまりのおいしさに「うめえ」「最高」とどんどん語彙力を失っていった。彼方に至っては、最初の「おいしい」以降何も喋っていない。悟りの境地に至ってしまったのかもしれない。

 結局、弁当箱いっぱいに詰められていたサンドイッチは、3人で難なく完食。その後は当然の如く全員満腹で動けなくなったので、近くにあった自販機で飲み物を買って休むことにした。

「コーラと麦茶買ってきたっす〜」

 ジャンケンの結果、負けて使い走りになった海渡が戻ってきた。

「あー腹が重い! しかも暑い! しんどい!」

 2人にペットボトルを渡してすぐに、ホームの日陰でごろんと横になる。買ったスポーツドリンクのペットボトルを額へあてながら。

「海渡、ご苦労」

「うぃっす。姐さんのためなら頑張るっす」

 ぐったりしているのに、手だけビシッとグーサイン。海渡と彼方の師弟関係も随分と板についてきた。

「……じゃあ、海渡に訊いていい?」

 珍しく、彼方が質問した。

「いいっすよー、何なりと」

「海渡は、プロのミュージシャンを目指してる。それは間違いない?」

「間違いないっす! 俺は絶対にプロになるっすよ〜!」

 海渡は気合い満々で答えた。身体は仰向けに倒れたままだが。

「だったら、プロを目指す人間の言葉として訊きたい」

 何か気持ちのこもった彼方の物言いに、海渡も上体を起こした。ただならぬ雰囲気を感じ取ったらしい。

「MiXのこと、どう思う?」

 傍らで黙って聞いていた奏介も、その質問に息を呑んだ。海渡の返答次第ではもしかしたら、自分達3人の関係が決定的に壊れてしまう可能性もある。そんなリスクを孕んだ質問だ。

 だけど、きっと彼方と海渡にとって、関係が続く以上避けては通れない質問だったのかもしれない。

 この瞬間の奏介は、暑さを忘れていた。汗に濡れた背中も、喉の渇きも満腹も、どこか遠くに感じた。

 にわかに漂う、張り詰めた空気。しかし、海渡はその雰囲気を知ってか知らずか、実にあっけらかんと答えた。

「MiXは尊敬すべきミュージシャンっす。アルバムもデビューから全部聴いてるっすよ」

「アルバム、全部聴いてるの?」

「もちろん、日本発の世界的アーティストっすから。ちゃんと聴いて、自分の音楽の糧にしようと思って」

「聴いて、どう思う? 他のアーティストとは、やっぱり違う?」

 すると、海渡は「んー……」と少し唸りながら考えて。

「確かにMiXは他のアーティストと比較して格が違うな、とは思うっすよ。でも、いい曲はいいし、悪い曲は悪い。そこは、他の歌手やバンドとも変わらないんじゃないかな、って。ちなみにこの前発表した最新アルバムは、ぶっちゃけちょっと微妙でしたね。でも、それでいいと思うっす」

「それでいい?」

「それでいいというか、そうあるべきなんすよ。MiXだから絶対にいい、っていうのは何と言うか……音楽そのものが正しく評価されていない気がするんす。逆に、無名なバンドでもいい曲を作りまくってる人だっているんだし。だからそういうアーティストが有名無名に関係なく、いい音楽がいいって正しく評価される世の中になればなー、ってオレは思うっす!」

 海渡の答えを聞いて、奏介は何か忘れていた大事なものを思い出したような気分になった。

 今までの自分は、MiXの音楽を『MiXの音楽だから』という理由だけで評価してはいなかったか。MiXの正体を知った途端、MiXの音楽に対する見方が変わってはいなかったか。

 自分は海渡ほど純粋に、音楽を愛することができていただろうか。

 奏介はその自問に、自信を持って答えることができない。同時に、はっきりとした考え方を持っていた海渡に、尊敬の念を抱いた。

「海渡、やっぱりお前……プロになんなきゃダメだ」

「えっ、嬉しいけど……急にどうしたんすか奏介さん⁉︎」

「褒めてるんだから、素直に受け取っておけばいいんだよ。早く上京してメジャーデビューして、プロになれよ。応援してるから」

「奏介さんにいきなりそんなこと面と向かって言われたら……気持ち悪いっす」

「失礼な!」

 奏介は持っていた麦茶のペットボトルで海渡を小突いたが、海渡もスポーツドリンクのそれでがっちりガードした。

「でも、ありがとうございます! とりあえずは2年後の上京を目指すっす!」

「頑張れよ。あと親にはちゃんと話しといたほうがいい。もう東京行く気満々なのバレてるから」

「え、マジっすか⁉︎」

「マジで。だからなるべく早めに話しといたほうがいいぞ」

「それで……オレが東京行くことについて、何て言ってたっすか?」

 頭を抱えながら、恐る恐る訊く海渡。それに奏介はニヤリと笑って。

「教えてやんない」

「ひどい! それは無慈悲ってやつっすよ奏介さーん!」

 再びペットボトルでのチャンバラバトルが始まる。コーラを飲みながらその様子を見届けていた彼方が、唐突に訊ねた。

「そういえば、海渡はどうして2年後なの?」

「え、何がっすか?」

「さっき言ってた、上京の話」

「ああ、オレ再来年大学受験なんで。そのタイミングで東京の大学に行けたらなー、って」

 大学受験? 再来年?

 奏介と彼方は顔を見合わせた。

「海渡って、今高2?」

「そっすよ。だから姐さんや奏介さんみたいな大学生は憧れなんすよ〜」

 言葉を失った。

 いくら自分達が最小限の素性しか明かさなかったとはいえ、よくぞここまでお互い気づかなかったものである。

「奏介、どうする?」

「流石に、これを勘違いさせたままにするのは……」

「あれ、どうしたんすか? 2人ともそんな難しい顔して?」

 喜多見海渡、マジで驚く5秒前。

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