25
港から来た道を引き返し、さらに家の前を通り過ぎて内陸寄りの道を進む。ギターケースと接する背中が、じっとりと濡れて気持ち悪い。
それでも頑張って歩くと、海を望む高台に今は使われなくなった駅があった。
「着いたっす!」
にじむ汗を拭い、途中の錆びついた自販機で買った麦茶を飲みながら辿り着いた駅舎。廃線になっても、まだ駅舎の建物自体は残っているようだった。現在は使われていないだけあって、遠目から見ても寂れているのがわかる。だが夏の日差しも相まって、それがまたいい味を出しているようにも感じられる。奏介は、廃墟マニアの気持ちが少しわかったような気がした。
「この中に入るの?」と首を傾げる彼方。
「本当に大丈夫? これ入っちゃダメなやつだよね?」と心配そうな奏介。
一方、言い出しっぺの海渡は「大丈夫大丈夫! この辺りはまだ俺の庭みたいなもんっすから!」と言って余裕の表情である。
駅舎を使えば、今は誰もいないから練習できるかもしれない。そう海渡に言われてついてきたものの、今になって奏介は不安になってきた。
かつて駅の改札だった場所には、立ち入り禁止をほのめかす黄色いロープが張られている。しかし、海渡は特に気にすることなくロープの隙間をくぐった。続く彼方もそういうものだと割り切ったのか、特に躊躇することなく通り抜ける。最後の奏介は、四方に人がいないのを確認して恐る恐るロープをくぐった。
改札を抜けた先にあったのは、いかにもローカルな雰囲気の漂う1面1線のホーム。夏草が生い茂っているものの、まだ線路も残っている。ホーム向かい側からの見晴らしの良さに少し不安が残るが、確かに構内まで人が来る気配はなさそうである。
「姐さーん、奏介さーん」
不意に、海渡の声が2人を呼んだ。
「こっち、鍵が開いてるっすよ」
海渡はホームから直接繋がる引き戸に手をかけ、すでに半分ほど開けていた。おそらく、そこはかつて駅の事務室だった場所の入口。奏介はやっぱり心配になったが、それでもわずかに好奇心が勝った。最初のロープを無事にくぐれたので、奏介の中で少しハードルが下がったというのもあった。
3人揃って、中を覗きこむ。がらんとした空間だった。見える限りで、広さは学校の教室の半分くらい。何故か窓は開いていて、埃っぽい空気が開けたところから抜けていく。
「誰もいない?」
「いないと思うんすけどねぇ」
「じゃあ何で鍵とか窓が開いてるんだよ?」
「エスパーじゃないすか?」
「何だそれ」
「適当……」
「でもどちらにせよ、ここまで来たら中に入ってみるしかないっすよねぇ?」
「私、入ってみたい」
「まあ、みんながそう言うなら……」
結局、海渡を先頭にして中に足を踏み入れた。
そして、3人は見つけてしまった。
大人の男が1人、備え付けのベンチで倒れているのを。