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奏介が窓を開け放つ。
充満していた熱気が解放され、黄昏時の少し肌寒く心地よい風が2階の部室に染み込む。それと一緒に、桜吹雪が部室の中まで舞い散った。
「部長はあの子、どう思います?」
「思ったよりも、悪い奴ではなさそうだ。ただ……いろいろワケありなんだろうな、とは思う」
奏介の背後で交わされるジェロムと梨音の会話。そこに、もう彼方の姿はない。
3人が演奏を終えて彼方が見せた反応は、思いの外素直なものだった。
「認める。あなた達の音楽は、遊び半分で作り上げる領域のものではなかった」
奏介達は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で彼方を見て、それからお互いの顔を見合わせた。
勝ちか負けかで言ったら、文句なしの勝ちだ。相手のほうから白旗を上げさせた、完全勝利だ。
だけどなんだろう、この釈然としない気持ちは。
どう受け止めればいいんだろう。自分達の音楽を聴いても結局は無表情で淡々として、澄み切りすぎてどこまでも続きそうな空洞のみたいになっている彼女の黒い瞳は。
やっぱり、彼方に火をつけることはできなかったのだろうか。
「みんな、音楽が好き?」
「答えはもちろんイエスだ。その気持ちがあるから俺はドラムを、バンドを続けている」
「……やっぱり、音楽を嫌う私が入るべきじゃない」
一瞬、その黒い瞳に感情が映り込んだような気がした。
「私は帰る。さよなら」
奏介に見えたその感情は、寂しさだった。
「ちょっと待って」
彼女が音楽に救いを求めているように感じた。
「最初に遠野さんが言ってたことは間違いない。結局のところ、俺達のバンドは遊びだよ」
それは、奏介の勝手な思いこみかもしれない。
「でも、俺達は全力で、真剣に遊んでるんだ」
だけど、一度自分の目にそう映ってしまったら、手を差し伸べないわけにはいかなかった。
「全力になって、音楽で遊ぶ。今の遠野さんにこそ、それが必要なことなんじゃないか、って思う。そうすればもしかしたら、遠野さんも音楽を好きになれるかもしれないから」
だから、俺は改めて問いかけた。
「改めて、一緒に俺達のバンドで音楽をやりませんか?」
「いやー、あの時のソウは見直したわー。振られたけど」
「そうだな、俺が言いたかったことを全部言ってくれた。最高に胸がすく思いだったぜ。振られたけど」
「……2人とも最後の一言が余計なんじゃないですかね」
褒められているのか貶されているのかよくわからない会話だった。
結局、軽音部に入るかどうかについては何も言わないまま、彼方は部室を出ていった。だけど、奏介的には手応えはあった、ような気がしている。だから、あんな言われ方をしているが決して振られたわけではない、と思っている。そもそも基準が振られたか否かという時点で何かがおかしいのだが。
「でもまあ、あたしはこれでよかったんじゃないかって思ってるよ。正直、あたしあの子と仲良くなれる気がしないもん。ってか見せつけてやったはずなのにまだモヤモヤしてる! やっぱりあいつ好きじゃない!」
元の形に戻した部屋の中、ぼふっとソファーに身を沈め、さらにぼふぼふと肘掛けの部分を叩きながら梨音が言った。
「どうする奏介、もし必要なら俺がもう一度肩から担いでだな」
「やめなさい」
「なに、心配はいらんぞベリオン! 次はもっと穏便にごふっ!?」
梨音にギターの教則本で殴られたジェロムをよそに、奏介の視線はドアの向こう、いなくなった彼方の残像を追いかけていた。
また明日、彼方に会えるだろうか。




